55.嵐のあとで
しゃー、と何やら空気を吐き出すような音が響く。うるせえな、と思いつつ俺は、ひとつ寝返りをうつ。
今度はぺちぺち、と頬を何かで軽く叩かれた。あ、冷たくて気持ちいい……じゃねえよ。分かったよ、起きるよこんちくしょう、もう少し寝かせろ。
頭の中でぶつぶつ言いつつ起き上がって、気がついた。部屋の中、真っ暗じゃん。
「……はれ」
何かぼんやりした頭のまま室内を見回して……あ、思い出した。
アスミさんとの戦いが終わった後、俺はアオイさんに宿舎に帰って休めって言われたんだよね。
「魔術使うってのはね、思った以上に疲れるもんなんだよ。特に、あんたみたいに大技連発したら」
そう言われても気づかなかったんだけど、まあ反論したところで担いでお持ち帰りされて部屋にポイ、なんてのが何となく想像ついたのでおとなしく指示に従った。
部屋に戻って服着替えて、ベッドにゴロンと横になったところでぶつん、と記憶が途切れている。うわー、垂直落下で寝ちまったのか、俺。マジで疲れてたらしい。
「うわ、夜? いつの間に」
『まま、おきた? だいじょぶ?』
呼ばれて気がついた。さっきの音、タケダくんのしゃー、だ。てことは、あのぺちぺちの冷たいのはこいつのしっぽだな。何、声で起こさなかったのか、こいつ。
「おう、大丈夫だよ。起こしてくれたのか、ありがとな」
『うん。まりかおねーちゃんがおむかえにくるから』
とりあえず礼を言って頭をなでてやると、タケダくんはそんなことを言ってきた。あ、気配感じ取ったわけだな。なるほどと考えてる最中に扉がこんこんこん、とノックされる。
「ジョウさーん。起きてますかあ、ご飯食べましょうよー」
「あ、はい。今行きますー」
考えてみりゃ、帰ってきてばたんきゅーだったんで飯食ってねえよ。腹減った。多分、タケダくんもそうだろう。
いや、蛇って燃費いいんだけどさ、人間と一緒で魔術使ったらやっぱり疲れるし、腹減るんだよってラセンさんから習ったし。
「タケダくんも飯食う?」
『うん、たべるー』
「よっしゃ。一緒に行こう」
そういうことなので、白蛇を肩に載せた。マリカさん、おまたせして悪かったなあ。
本日の夕食は、パティ定食を頼んだ。ま、要するにハンバーグのことらしい、ひき肉こねて丸めて焼くやつ。何だかんだで肉汁じゅわーでうまいので、よく頼むようになった。あと、地味にタケダくんがこれ好きなんだよね。食べやすいってのがあるらしいけど。
同じの頼んだマリカさんと一緒にもぐもぐ食ってると、不意に名前を呼ばれた。
「あ、ジョウ殿、マリカ殿」
おう、この特徴的な呼び方とちょっと高めの声はノゾムくんか。振り返ると、魚の開き定食を手に持っている。そういえば、途中からこいつの顔見なかったな。コクヨウさんと一緒の班だったはず、なんだけど。
「おう、ノゾムくん。座れ座れ」
「あ、はい、失礼致します」
ちょうどマリカさんと反対側の隣が空いてたんで手招きすると、ノゾムくんは素直にすとんと座ってくれた。お祈りの後で食べ始めたノゾムくんに、俺は聞いてみることにする。
「お前さん、何やってたんだ?」
「え? ……ああ、領主様のお屋敷で事情聴取してました。早めに聞いておいたほうがいい、と姉上から指示を受けたので」
事情聴取。……あー、領主さんちの門番さんな。そっか、アオイさんが事情聴取したいっつってたもんな。
「そうだったんだ。上手く行ったか?」
「ええ。僕、あんまり力はないんですけど、その代わり交渉事といいますか口の方は割と達者だって言われるんです。それで」
「ノゾムさん、割とじゃなくてすごく達者じゃないですかー。貴族王族との交渉事も、難なくこなしちゃうんですよ」
「へえ」
照れくさそうに笑うノゾムくんだけど、マリカさんの言葉を真に受けてみるとその笑顔には少しばかり計算が見えるような、見えないような。いやまあ、敵に回さなきゃ問題ないんだろうな、
「で、どうでした? いえ、後で報告書にまとめられるとは思うんですが」
「はい。……とりあえず、彼を染めた黒幕はアスミさんで間違いないようでした。何でも、彼もご贔屓さんだったようで」
「あー」
マリカさんの質問に、ノゾムくんは端的に答えてくれた。……ご贔屓さんって、そういうことか。要するにお店で乳繰り合いながら染められていったわけね。
ここで真面目な彼に照れが出ないのは、そういうお仕事が当たり前だからだ。仕事は当たり前なんだけど、そこでやらかしたことが当たり前じゃないんだよなあ。まったく。
「彼には、明日も話を聞く予定です。ある程度まとまった情報が手に入ったら、領主様は彼を施設で療養させるとおっしゃっていました」
「そっか。治るといいな、門番さん」
「ジョウさん、優しいですね」
俺がぼそっと呟いた一言に、マリカさんが反応する。うーん……まあ、まだ考え方がこっちに染まりきってないからかもしれないけど、でも変かな。
「だって俺、ひとつ間違ったらあっち行ってたみたいだしなあ。何か、他人事って感じがしねえ」
もうひとつの理由を口にしたら、マリカさんは黙りこんでしまった。反対側でも、ノゾムくんが困った顔をしてる。いや、大丈夫だったから俺、今ここにいるんだから。




