53.黒の魔術師
アスミさんは俺たちを見渡して、腕を組むとふんと鼻で笑った。くそ、さっきの光の盾どうにもできなさげだったのは芝居か。あー、何か頭にくる。
「あーあ、せっかく上手く紛れ込めたって思ったのになあ。残念」
これまでの『黒に汚染されただけの一般人』と態度が違ったのはそれでかよ。分かりやすく悪役な笑顔を全面に出した彼女は、まあどこから出たんだそんな威厳、って感じのプレッシャーをこちらにかけてきた。すごいな、悪の威圧感ってやつは。汚染されて武器振り回してた組が一斉に膝を落とし、彼女を恭しく迎えてるぞおい。
「つーことは、ユウゼの街で起きた黒騒動の首謀者はてめえかよ」
「そうよ。お仕事たくさんで、楽しかったでしょ?」
コクヨウさん、殺気むき出しにしてアスミさんを睨みつけている。対してアスミさんは余裕の笑顔。あー、一般人組が人質みたいになってるから、だろうな。
「ハナビがてめえの面倒見てたのは、この街を黒に染めるためじゃねえぞ」
「そんなの、ハナビさんの勝手じゃない。あーもう、さっさと黒に染めて売り飛ばしとけばよかったわ、あのブス」
「人の悪口言える顔かよ」
「なっ」
失礼、つい本音が口に出た。途端、アスミさんは俺をぎろっと睨みつけてくる。おーこわ、やっぱりあんたのほうがブスじゃねえか。何、俺が可愛いから嫉妬してんのか? 中身男だけどよ。
……自分可愛いっていうの、すっげー複雑だな。おい。
「……うるさい、小娘」
あ、逆ギレしたか? 急に声が低くなったぞ。こちらはその低音化に合わせて、ぐっと身構える。俺も魔力を手に貯めて、タケダくんに渡した。
次の瞬間アスミさんは、開き直ったように両手を広げた。あれ、これって中ボスの負けパターンとかじゃね? いや、口に出しては言わないけどさ。
「ま、いいわ。ここで全員ぶち倒して、黒の神のご加護をたっぷり流し込んであげる。街を守る傭兵部隊が黒の部隊になるの、面白いじゃない」
「寝言をほざくな!」
「その前に、お前に太陽神の裁きを!」
「覚悟しやがれ!」
あ、という間もなく脳筋トリオが飛び出した。当然というか、姿勢を立て直した武器振り回し組とぶつかることになる……その前に、一発かましておこうか。
「光の盾3枚っ!」
4枚同時に出せるんだし、当然3枚も出せる。それを脳筋トリオに1枚ずつ付けて、防御のサポート。向こうが振り回した鍬だったり何やら太い木の棒だったりは、余裕で受け止められた。
で、俺は魔力ため直しつつタケダくんに指示をした。……覚悟は、できてる。
「タケダくん、あいつには遠慮なし!」
『はーい!』
白い蛇がくわっと口を開き、光を遠慮無く放つ。物理的に敵をぶん殴るようなビームじゃなくて、いわゆる何とか砲みたいなビームだ。いや、ぱっと見にはどう違うかわからないんだけど。
とはいえ、向こうだって魔術師なんだよな。それも、多分だいぶ前から……ということは、つまりだ。
「しゃあああっ!」
アスミさんの肩から、どす黒いまだら模様の伝書蛇がのそりと首をもたげた。タケダくんと同じように口を開いて、向こうは黒いビームを放ってくる。……ビームでいいんだよな?
2色のビームが真正面からぶつかった瞬間、コクヨウさん走り出した。武器組が当然突っ込んでくるんだけど、それはアオイさんとグレンさんが器用に受け止める。まるで時代劇のクライマックス、なんて言ったら変な言い方になるな、うん。
……ふと、コクヨウさんの後ろをタクトが走っているのに気づいた。ああ、あいつ小柄だから。なるほど。
こういう時俺がどうすればいいかというと、だ。
「おら、行くぞアスミさん!」
「っ!」
アスミさんが、タクトに気づかないようにする。つまり、俺は囮だ。ちょっと周囲に被害出るかもしれないけど、遠慮無くぶっ放させてもらおう。
魔力を形にすると、アスミさんもそれに反応して手を光らせた。ああ、普通に使えるんだな、魔術。まあいいや。
「氷の刃!」
「風の刃!」
お互いにまあ、分かりやすいネーミングだ。俺の方は鋭く尖った氷を、アスミさんの方はいわゆる真空波ってやつを、同時にぶっ放した。
「しゃああ!」
アスミさんの蛇が、黒い盾を氷の前に開く。氷の刃は盾にぶつかって、ぱきーんと砕けた。こちらに向かってくる風の刃は、もう1枚俺が出した光の盾でばんと弾ける。
でまあ、せっかくなので俺は、こんなこともしてみた。正確にはタケダくんが、だけど。
『かぜのまい!』
「ぎゃ!」
俺が使える魔術だし、なにげにタケダくんも使えるんだよね。足元を風ですくってバランス崩し。ただしアスミさんには遠慮しない、のでおもいっきりひっくり返る。そこにコクヨウさんが、鞘のままの剣を構えながら突っ込んでいった。
「洗いざらいしゃべってもらうぜ、アスミ!」
「がっ!」
ああいう剣って、切れない状態だとただの鈍器なのな。つまり、コクヨウさんが振り回した剣はアスミさんの腹にぶち当たり、そのまま決して細すぎない身体をぶっ飛ばした。あ、蛇も一緒に飛ばされてるし。
ぶっ飛んだアスミさんは、そのまま建物の壁にぶつかった。勢いが良すぎて跳ね返り、地面の上にどさっと落ちる。
「捕獲します」
と、タクトがひょいと飛び出した。うつ伏せに倒れたアスミさんの背中にまたがって、髪の毛をむんずとつかむ。そのまま頭を引き上げて、懐から出した布を半開きになっていた口の中に押し込んだ。別の布でできた袋で、肩にいたまだらの蛇を捕まえるとそのまま紐を引っ張って口を閉じる。
「む、ふむ、むううっ!」
「ダメですよー。舌かもうとしちゃ、ね」
もがもが言ってるアスミさんをほいほいと普通に縛りながら、タクトはにこにこ笑ってそんなことを言う。あー、それであの布か。あんな言い方してるってことは、基本信者は捕まえたら……ってことか。分かりやすい悪の組織っつーかなんつうか。
そこまで片付いたところで周囲に視線を向けると、簀巻が10個近く出来上がっていた。いつの間に。
そして、アオイさんがつかつかと歩み寄ってきて、アスミさんを上からぎろりと睨んだ。うわ、さっきのアスミさんよりこっちの方が怖い。何か、色んな意味で。
「詳しいことを、聞かせてもらうわよ。ああ、うちの地下牢って魔術封じかかってるから、諦めなさいね」
「む、ぐ」
……あ、ムラクモだけじゃなかったか。この手のお姉様。
というか、ムラクモの被害者が増えるだけなのかな。




