52.ある意味反則
「お待たせしゃっした!」
着地した次の瞬間、俺を下ろしながらグレンさんが吐いたセリフである。どこかのんきな言い方だな、と思いつつ、隙なく周囲を伺いながら剣を握ってるあたりはさすが。
「ったく、いきなり降ってくるんじゃないよ。あんたの髪が見えたから、ちょっとは覚悟してたけど」
「すんません」
アオイさんは肩をすくめて、そんなことを言っただけ。コクヨウさんが「脅かすんじゃねえよ」と歯をむき出したけど、ていうかあんたらグレンさんのこういう行動慣れてんのかよ。あと脳筋トリオ、またかって顔すんじゃねえ。
とまあ俺以外の傭兵部隊は慣れてたようだけど、向こうさんはそうは行かなかった。武器持った連中はぽかーんとしてるし、俺がぶっ立てた光の盾の向こうでアスミさんが喚いている。
「な……何よ何よいきなり降ってくるなんて! おかしいんじゃないのあんた!?」
「裏道とはいえ、公道で武器持った連中を扇動してるてめえの方がおかしいだろうが」
対してグレンさん、まあ確かにそれは正論なんだけどさ。ちょっとおかしくなってる相手に通じるかね、正論って。向こうの連中、みんな黒に汚染されておかしくなってるんだろ?
「あたしたちはいいのよ。黒の神のために戦ってるんだから! ってか、この盾どうにかしなさいよ!」
「魔術師なんだから自分でやれよ」
「しゃー」
アスミさんの文句つけに、ついつい俺とタケダくんが同時に返してしまう。いやだって、マジでそうだろうが。自分でなんとかしろ、そのくらい。
「ああもう、何で解けないのよ! いいわよ、あんたたち死ぬまで戦え!」
中でがんがんと音がする、光の盾。うん、しばらく大丈夫そうだと気がついたのか、アオイさんが脳筋トリオを振り返った。
「今のうちに周囲は全部生け捕って宿舎に。ランド、スウセイ、ミキオ、お得意の力仕事よ」
『がってんだ!』
アオイさんが手を振ると同時に、脳筋トリオは一斉に鞘に入ったまんまの剣を構えて武装メンバーに突っ込んでいった。何だ今の、女ボスとチンピラ一同かよ。
とか考える間もなく、グレンさんとタクトも飛び出した。俺は慌てて手に魔力を貯め、いつでも発動できるように構える。あーうん、サポート魔術苦手なんだよねー。光の盾は敵にぶつけたり、今みたいに邪魔とかもできるから頑張って覚えたんだけど、な。
『まま』
「殺すなよ」
タケダくんのおねだりに、ためた魔力を彼に移す。次の瞬間、しゃっと音がして口からビーム発射。どん、と衝撃音がして……目の前で、おっさんが腹に一撃を食らっていた。でも、倒れない。
…………あれ?
「このおっさん、さっき倒れてなかったけ?」
服の色で気がついたんだけどこのおっさん、上から見た時にコクヨウさんたちのそばに転がってた1人だった。気絶から目を覚ましたのかな、と思ったんだけど顔見たら、白目剥いてるよおい!
「わあああっ!?」
「ジョウさんっ!」
俺の、声だけは女の悲鳴に気がついてタクトがすっ飛んできた。うん、文字通り。
タクトの目の前にいた別のおっさんの肩を踏み台にして、俺の目の前のおっさんに飛び蹴り食らわせたんである。さすがにこの一撃には耐え切れなかったのか、おっさんはぐらり、ばたりと横倒しになった。
「大丈夫ですか!」
「ごめん、助かった。でも、なんか変だ」
俺を背にかばってくれたタクトに、そう告げる。このおっさんだけならいいけど、他の連中も白目剥いても起き上がってきたりしたら偉いことになるもんな。
「変って?」
「さっき、白目剥いてんのに俺のとこ来やがった。こっちの人間、気絶してても動けるのか?」
「無茶言わないでくださいよ……っ!」
軽口だと思ったらしいタクトの表情が、一瞬にして真面目なものに変わる。うん、今飛び蹴り食らわせたばかりのおっさんがむくりと起き上がったから、な。
てか、ざっと目で見て分かるよ。さっきまで転がってた連中も含めて、アスミさん以外の全員が復活してやがる。コクヨウさんもアオイさんも、脳筋トリオやグレンさんも複数の相手とがんがん剣をぶつけ合わせている。
肩の上で、小さな蛇がぱたりと翼を震わせた。なんか気づいたな。
「タケダくん?」
『けが、なおってない。むりにうごいてる』
「無理に動いてる、そうです」
「人体操作かよ」
コクヨウさんがちっと舌を打つ。一振りでふっとんだはずの相手が、無造作に再び起き上がるってのは何かホラーみたいで怖い。
その時、不意にさっきのアスミさんのセリフが頭の中に復活した。
『いいわよ、あんたたち死ぬまで戦え!』
俺がこっちの言葉を理解できるのは、そうでないと黒の信者たちが命令しても分からないからだ。言葉で命令して、それに従わせる魔術ならある。
つまり、さっきのアスミさんの言葉は、回りのおっさんたちに向けた命令なんだ。おっさんたちには、前もって操るための魔術がかけてあって。
皆、それに気がついたようだ。
「……ということは、アスミ」
「バレちゃったあ? やーだ、まずったなあ」
アオイさんが、剣を構え直す。その向こう、光の盾を1枚ばきりと叩き割った魔術師は、真っ黒い笑顔で俺を見つめてきた。




