50.基準が高すぎる
しばらく何か考えてたらしいマリカさんがふと、ぽつんと漏らした。
「ラセンさんが手間取ってるとなると、ジョウさんと同じくらいの能力じゃないんですか? その魔術師」
「え」
何で唐突に、俺の名前が出てくるんだか。つか全員、俺の顔を見るなっての。
いやまあ、俺の魔術師としての能力が結構チートレベルらしいのは分かってるんだけどさ。分かってる、と言ってもいまいち自覚がないというか、ラセンさんに比べたらなあ。
「俺、マジでそんなレベルなんですか。いや、ラセンさんが楽しそうに指導してくれるんであれなんですけど」
「自覚を持て自覚を。お前はそういうレベルのトンデモ魔術師、の卵なの」
「……はい……」
うーむ、と考え込みかけたところでタケダくんが、ぱたぱたと翼を羽ばたかせた。そして、こいつの言うことには。
『そうだよ。ままはつよいんだよ』
「そうなのか」
いやお前マザコンだからなあ、と俺は顔をひきつらせる。いやだって、生まれてすぐからこれだもんよ。お前の言うことって客観的に見てどうなんだ、と考えてるところにグレンさんが聞いてきた。
「蛇、何て?」
「……ママは強いって」
「使い魔のほうがちゃんと把握してやがんなー。さすが、って言っていいのかね」
俺の答えを聞いて、グレンさんはそんなことを言いながら赤い髪を無造作にがりがりと掻く。こっちは日本より湿気が少ないせいか、あまり風呂に入らなくても問題ない……ってまあ、それはともかくだ。
何、タケダくんの方が俺のこと分かってるのか? マジか、そりゃ。確かにマザコンなところ除いたらずっと俺のそばにいて俺のこと見てるけど。
「ま、ジョウはこっち来て1ヶ月も経ってねえし、ほとんど実戦もやってないから実感ねえんだろ」
「比較対象がラセンだものねえ。いわゆる『普通の魔術師』とやったことがないんじゃ、分からないわよ」
「領主様のところの専属魔術師さんなら、まあ普通だと思うんですけど……一度立会でもお願いしたほうがいいのかしら?」
グレンさん、アオイさん、そしてマリカさんの言葉に俺は、どうやらマジらしいと気が付かされる。
そうか、要するに比較対象が凄すぎるんだってことなんだよな。基準であるところのラセンさんがレベル高すぎるから、自分のレベルをちゃんと把握できてない。つか、領主の専属魔術師って十分強い魔術師のはずだろマリカさん?
つまるところ俺は、まだまだ自分を信じきれてないのかもしれない。いやまあ、信じすぎてチートだやり放題だーなんて有頂天とかになっても困るんだろうけど……そりゃ駄目だ。俺は傭兵部隊の一員なんだから、うかつに調子に乗り過ぎちゃマジで生死に関わるぞ。俺だけじゃなく、仲間の皆も。
「……あんまり、実感ないんですよね。グレンさんの言うとおり」
何とはなしに、自分の手を見つめてみる。この手から出てくる魔力が、それで紡がれる魔術が、実はトンデモレベルだって自覚は……あーうん、いまいちないな。光の盾2枚張りとかできたけど、あれだって大したことなさそうだし。俺にしてみれば。
「そこまで。『異邦人』がこちらの常識を持っていないのは、仕方のないことだわ」
「住んでた村が違うだけでも、習慣違ったりしますもんねえ。世界ごと違ったら、そりゃいろいろ違いますよ」
「……ですね。すみません、もう少し注意します」
女性2人に慰められるというかそういった感じの言葉を掛けられて、俺は謝ることしかできなかった。
こちらの世界に来てまだ1ヶ月にもなってなくて、文字も向こうで言えばかなを読めるようになったレベルでしかない。そんな俺が、まだいろいろ知らないのは当然といえば当然だけど、俺の勉強がまだまだ足りてないってことでもあるんだから。
「ま、しっかり気をつけてくれよ。それに、少なくともさっき俺は、お前さんの魔術で助けられたんだから」
ぽんぽん、と大きい手で頭を軽く叩かれた。はっとして見上げると、グレンさんがまあおっさんらしい、野性味あふれた笑顔を見せてくれる。まあ、悪くはねえな。おっさんだけど。
「はい、気をつけます」
だからまあ、そう答えるだけにとどめておこう。俺はまだまだ、男に惚れる女の子の心境にはなれません。はい。
『まま、へんなかんじがする』
「え」
不意にタケダくんがしゃー、と息を吐いた。意識を現実に引き戻したところで、宿舎に駆け込んでくる人の姿を見つける。あ、タクトだ。
「あ、いた!」
「タクト? どうした」
俺が名前を呼ぶより前に、グレンさんが反応する。そりゃま、師匠だもんな。反応早いわ。
で、その質問に対するタクトの答えは、まあ何となく予想通りだか予想外なんだけど展開として読めるパターンというか、だった。
「コクヨウさんとランドさんたちが、アスミさんとやり合ってます!」
「ありゃ」
アスミ。確かマヤって人と同じように、グンジ男爵のお相手してた人だっけ。やり合ってるってことはつまり、そういうことかよ。
ランドさんたち、ってことは脳筋トリオも一緒にいるんだ。全力で力馬鹿4人がよってたかって……相手、1人じゃねえな。
もちろんアオイさんたちもそれはすぐ分かったらしく、副隊長が代表してタクトに尋ねる。
「やっぱりやられてたか……相手は?」
「魔術師はアスミさんだけなんですが、一般人が10人ほど黒食らってまして。中に、貴族の配下の者もいるようです」
「あ、そりゃ無理だわ。あの力押しどもじゃ」
タクトの報告に、分かりやすくアオイさんが顔をしかめる。貴族の配下って……もしかして、グンジ男爵んとこの奴らか。力押しじゃ無理、なのはマヤさんと同じく魔術師の素質持ってたらしいアスミさんが、上手く魔術使ってるからだろう。そうでなきゃ、10対4でも負けるとは思えない。4が全員丸腰でも、だ。
そうなると、ここは魔術師の出番、ということになる。つまり、俺の。
「ジョウ。行けるな?」
「はい、行きます」
グレンさんの確認とも取れる問いに、俺は頷いた。後、自分で行くんだって一言もくっつけて。
 




