48.偶然
ふと、シンゴさんが流し目でこっちを見つめて……あ、違う。俺じゃなくって、視線の先はコクヨウさんだ。
「コクヨウちゃん、うちの子たちから話聞いてんじゃないの?」
「おう。ボタンとコハクがな、マヤが何か言ってたの聞いてたぜ」
ちゃんと聞き取り調査してたんだな、コクヨウさん。シンゴさんの流し目には慣れてるのか、少し呆れて肩すくめただけだ。
「確か、『男爵様がもうすぐ中央に行かれるから、そのお祝いしなくちゃ』とか『今日は前祝いなの。楽しみ』とか」
「前祝いの日に、ユウゼの街で暴れたわけか」
アオイさんが顔をしかめた。少し考えるような顔になったところで、恐る恐る俺も口を挟んでみる。問題、的外れでないといいけど。
「中央に行くって、何か用事で呼ばれたんですかね? でも」
「そうね。用で中央に呼ばれたなら、そんな風には言わないわ。……王都で問題起こす気かも」
「その前祝いか。じゃ、神殿の方も似たようなもんだな」
あ、俺の疑問も間違ってなかったみたいだ。だよなあ、呼ばれたなら呼ばれたって言うよなあ。
で、その後のアオイさんの推測にグレンさんがふむ、と顎に手を当てる。そこでコクヨウさんが、ちらりとアオイさんに視線を向けた。
「若から連絡は?」
「まだよ。カンダくん辺り、そろそろ帰ってきてる可能性はあるけど……そうね。出ましょうか」
アオイさんは少し考えて、そう結論付ける。ここだと、例えばカンダくんが帰ってきてても分からないから……というか、タケダくんみたく匂いがきつくて近寄れないとかそういうことなんだろう。多分。
「あら。隊長さん、またお外でお仕事? 大変ねえ」
「ええ。それで私が、こっちを担当で」
「なるほど。それに、グンジのご当主が関係してると」
「多分黒幕なんだろ」
当たり前のように会話する、シンゴさんとアオイさん。彼、というか彼女、というか、ともかくバラしてもいい相手ではあるらしい。それだけの信用があるから、こうやって話できるんだろうなあ。
最後、吐き捨てるように呟いたのはコクヨウさん。そのまま全員立ち上がったことで、この場はお開きとなった。
そのままシンゴさんに案内されて出てきたのは……あれ、入った時とは違う道だ。
首を傾げた俺に気がついたのか、シンゴさんが「秘密の通用門よ。お偉いさんが使うの、覚えておいてね」と教えてくれた。なるほど、こっそり出入りするための道か。覚えておこう。
それで、何の関係もないのにふと思い出したのは、魔術師の素質があったというあの彼女。もしかしたら、俺がなっていたかも知れない彼女のことが気になって、聞いてみた。
「マヤさん、でしたか。今後、どうなるんですかね」
「んー。うちに帰ってきたら、とりあえず入院させるわ。黒の影響って、なまじなオクスリより酷い時があるの。そういう連中を入れる施設があるのよね」
がしがしと短い、というか角刈りに近い髪の毛をかき回しつつ、シンゴさんは俺の疑問に答えてくれる。はあ、この世界って麻薬もあるけどそれよりきついのか、黒の神の影響。地味にやばい世界だなあ。
「その後は……マヤちゃん次第よ。お店に戻るか、田舎に帰るか。それとも、黒に落ちるか」
シンゴさん、難しい顔になった。そうだよね、麻薬より酷いなんてさ。前2つはまだいいんだろうけれど、もし最後の選択肢を選んでしまったら、そん時は。
ついつい考えこんでしまった俺に、シンゴさんが逆に疑問をぶつけてきた。ほんの少し、方向の違う。
「マヤちゃん、魔術師の素質あったんですってね」
「あ、はい」
慌てて頷く。そんな俺を見てシンゴさんは、少しだけ口をとがらせた。彼女を店で預かっていた責任者として、考えるところもあるんだろうな。
「もっと早く分かってればねえ……ちゃんとしたお師匠様のところに、入れてあげるべきだったのかしらね」
「分かってればな。分からなかったんだから、しょうがねえよ」
コクヨウさん、ハナビさん目当てでこのお店に通ってるだけあってシンゴさんとは仲がいいというか、なんというか。それもあるんだろうけど、軽い口調でさらっと慰めるあたりはさすがだな。シンゴさんも、「そうね」と素直にうなずいて……それから、俺の顔を覗き込んできた。
「お嬢ちゃんは、隊長さんのところに入れてよかったわね。頑張るのよ」
「ありがとうございます。もちろん、頑張ります」
「そうそう、その意気その意気。応援しちゃうわ」
素直にお礼を言えば、あっという間にシンゴさんの表情が明るくなる。あ、これでいいのか。場合にもよるけど、人間素直が一番ってか。
そして、人間ひとつ間違ったらどうなるか分からない、ってのも分かった。
俺はいろんな偶然のおかげで、今こうしてここにいるんだって。




