47.神のお下がり
「お話、ずれちゃったわねえ。戻してもいいのかしら?」
「ええ、もちろん」
シンゴさんとアオイさんの、ごく普通のやり取りで俺たちは慌てて姿勢を正した。そうだ、ここに来たのは俺が処女とかそういう話じゃないんだよな。
「マヤが男爵の相手したのは、昨夜ですよね」
「そうね。正確に言うと夕方くらいからかしら。途中からアスミも呼ばれたのよねえ」
「夜中まで、スイートルーム独占状態だったんだってな」
「即金出されちゃね、断れないわ」
アオイさん、もうずばっと聞くんだよな。シンゴさんの答えに、コクヨウさんがうんざりした顔で続く。って、スイートルームって。
「スイートルームって、あるんですか」
「こういう街って、お金持ちがお忍びで来ることよくあるからねえ。専用の豪華な部屋がいくつかあんのよ」
笑い方も女の子みたいなきゃらきゃらって感じで、シンゴさんってすごいなあと思う。いや、中身が女性だから当然、とかなんだろうけれど。
「あ、もちろんコクヨウちゃんは普通の個室よ?」
「あんな部屋高すぎて払えるか! 一晩でうっかりすると半年の給料吹き飛ぶわ!」
「うわ、そんなに高いんだ……」
一応俺も傭兵部隊の一員として、お給料関係はマリカさんがちゃんとしてくれてる。駆け出しの魔術師とは言え三食寝床付きだし、結構恵まれてるらしい。で、コクヨウさんみたいに分かりやすく戦闘要員の人は、別に危険手当も出るんだとか。
……それで半年分って、マジどんなだよスイートルーム。
「その分、外に誰が来たかバレないようにはしてあるし、盗聴や覗き見もできないようなお部屋なの。アタシは店長だから、こういう事態でもなきゃ情報を外に漏らすことはしないわ」
懐で、もそっとタケダくんが動いた気がした。ああ、そういうことなんだ。
伝書蛇を始めとした使い魔って、やりようによっては盗聴器だったり監視カメラの役目もできるらしい。俺はまだまだ初心者だから、んな難しいのやるんじゃないとラセンさんに言われている。コンビネ攻撃だって、普通はいきなりできるようなもんじゃないんだし。
まあ、そこら辺は俺の話なんで置いておこう。
不意に、シンゴさんがいやーな顔をした。正直、こんな話なんてしたくねえって顔だ。
「アスミがね、ぽろっとこぼしたの。ハナビちゃんっていい女だから、高く売れますよねえって」
「売れます、って」
「こういうお店だと普通はお客様のお相手ってことなんだけど、どうも違うんじゃないかしらねえ」
お客さんの相手じゃない、『高く売れます』って。つまり、文字通りってことか。
その文字通りを口にしたのは、グレンさんだった。
「人身売買」
「ええ。ユウゼでもコーリマでも禁止事項、よね」
「なるほどね。それで黒の信者とつながってくるのか」
頷いたシンゴさんに、アオイさんが難しい顔をして応える。はて、何でそこでつながるんだろうか。
そんな俺の疑問は顔に出てたらしい。「そっか、『異邦人』だと知らないかもね」とシンゴさんが教えてくれた。
「黒の信者はねえ、神への生け贄とか言って女をぐちゃぐちゃに弄んで、終わったら『神のお下がり』なんて大層な名前をつけて大金で売りつけるの。具合が良くなる上に何でも言いなりになるから、いやーな趣味持ちの金持ちがこぞって買い付けるんですって。やあねえ悪趣味って」
…………ぞっとした。
俺も、あの日助けられなかったらそうやって、何も分からずに玩具にされてたってことか。
「あら? 顔色悪いわね、大丈夫? やだ、余計なこと教えちゃった?」
気が付いたら、全員に顔を覗き込まれていた。うわ、俺そんな顔してるのか?
いや大丈夫、俺今のところ平気だし、助かったし。だから、少し無理して笑顔を作って答えることにする。
「あ、だ、大丈夫、です。……現実は、知っとかないと」
「そーお? でもまあ、いきなりいろいろぶちまけちゃったからね。ごめんなさい」
シンゴさん、気遣いの人なんだな。だから、こういうお店の店長をやっててちゃんと繁盛させることができるのかもな。ハナビさん、結構楽しそうだし。そういえば、ちゃんとオフあるんだよね。当たり前か。
「それはともかくとして。人身売買の証拠あるの?」
「グンジ男爵領近辺だと、農家の子女がたまに消えてましたっけ。大概は口減らしのための奉公とか言ってましたがさてさて」
「その辺はコーリマが調べることね」
グレイさん、さらっと分かるんだなそういう話。前から調べてたりするのかな。まあ、人身売買なんてことになると自分の領地だけじゃそのうち足りなくなるもんなあ……外にまで手を出すとか、そういう話になるんだろうな。
ユウゼは独立してるけど、グンジ男爵はちょくちょく来てるみたいだから……わーお。
「あ、それとね。終わった後出てきたマヤの様子、妙におかしくて」
「おかしいって?」
「まるでオクスリやっちゃったみたいにうっとりとろーん、って感じでねえ。長時間頑張っちゃったせいもあるんだろうけど、しばらく腰立たなかったのよね」
……あのーシンゴさん、自分がうっとりな顔されてもちょっと、反応に困るというか。いやまあ、マジそんな顔してたんだろうなとは思うんだが。
そしたらシンゴさん、自分の頬を両手で押さえて楽しそうに鼻息荒く、こうのたまわれた。
「ま、確かにグンジのご当主ってうまいのはめちゃくちゃうまいって話でねえ。んもう、せっかくならアタシも一戦お相手してみたいって思ってんのよね」
お相手って、どっちがどっちだよ。そう考えた俺、悪くないよな?




