332.お茶と会話
「しまったなあ。俺と一緒に面会させておくべきだった、済まない」
シキノさんに会った日の晩、寝る前に俺の部屋でお茶を飲みながらカイルさんは頭を下げた。
いや、夜にお茶してもいいだろ、一応夫婦なんだから。お互い、ラフなパジャマっつーか寝間着? ロングTシャツみたいなのを着てる。
嫁の部屋に来る以上、カイルさんの方はチャンスさえあれば先に進みたいっぽい。んだけど、こっちに対してむちゃくちゃ気を使ってるのが分かる。何しろ俺、カイルさんのお母さんと同じアレだしさ。
まあそれは置いといて。さすがにシキノさんのこと全バレしてることもあって今夜は「駄目だよ? ジョウ」とちょっと強めにたしなめられた。
「君は、少なくとも身体は女の子なんだから」
「悪かったですよ。ムラクモがいたんで、油断したかも」
うん、そこは俺が悪かったんで素直に謝る。あの後シキノさん、涙目で帰ってったし。贈り物は置いてってくれたんでちゃんとそれなりのところにしまってある。後で返せーって来たら、ビャッくん以外返してもいいけど。
「まあ、次があったらいくらシキノ殿でも承知しないけどね」
「そんなにすごい商人さんなんですか?」
カイルさんが言った台詞が、ちょっと気になって聞いてみる。いくら誰それでも、って言い方はつまり、相手がすごいやつの時に使うよな。
で、俺の質問にカイルさんは「そうだよ」と教えてくれた。
「海の向こう、というか総本山の向こうにある国とも取引があるっていうからね。かなり手広くやってるし、ユウゼの領主殿とも懇意の仲だそうだ」
「へえ」
太陽神教の総本山。あの島の向こうにも海があって、その向こうにはこっちと同じように陸がある。そこにはまあ、当然というか別の国があるわけで。
そっちと取引してるってのは、確かにすごい商人さんなわけだ。かなり大きな船じゃないと、そんな海渡れそうにないし。
「……ああ、一応ユウゼには知らせておくか。あちらから釘を刺しておいてもらうのも、悪くないね」
おいおい、一瞬黒っぽい笑顔になったぞ国王陛下。つか、あんたがそういう台詞だの何だの言うのって珍しいな、と思う。地味に独占欲、ってやつかね。
「みー」
『こら、びゃっくん。おはなしのじゃまですよ』
ベッドの上でころころ寝転んでいたビャッくんが、不意にこっち見て声上げた。ソーダくん、いや別に邪魔ってわけでも……こらカイルさん、あんただな。
「子猫に文句つけるの、なしですよ」
「そ、そんなつもりはないの、だが」
『ぱぱ、ままとのおはなしじゃまされるの、いや?』
「ぴー」
「……」
ほら見ろ。タケダくんにすらバレてるじゃねえか。ゲンちゃんが気づいてるかどうかはまあ、ともかくとしてだ。
『わかりました! われわれは、おへやのそとでみはりをすることにします!』
「へっ」
うちの使い魔の中で一番生真面目な性格のソーダくんが、そんなことを言い出した。今まで何度も夜のお茶してきてるけど、そう言われたのは初めてだぞ、こら。
「みうー」
『ちゃんとみはりしてるから、まま、ぱぱ、なかよくねー』
「ぴいぴい」
「え、あ、こら」
「……気をつけるんだぞ」
『はーい』
ベッドの上からとてん、と落っこちたビャッくんと一緒に、伝書蛇3匹がぞろぞろと出て行く。ああ、いわゆる猫用ドアみたいなのが付いてるんだけどね、このお屋敷のあちこちに。そこから、全部出て行った。
……妙ちきりんな行列を見送ってぽかんとしてた俺に、不意にカイルさんが抱きついた。
「こら、何やってんですか」
「いや、ちゃんと2人きりになれたのはもしかして初めてじゃないかな、と思ったらつい」
「……ああ」
何だろ、しょげた感じのカイルさんの声聞いて、すげえ納得した。
まあなあ、俺こっち来て結構すぐにタケダくんゲットしちゃったから。それから、伝書蛇の目が離れたことってほとんどねえし、離れた時はそん時で他の目があるしで、うん。
「僕と君は夫婦なんだから、2人っきりでもいいじゃないか」
ぎゅう、と俺のこと抱きしめながらカイルさんは、どことなく子供が駄々こねる感じで言葉を続けてくる。ああまあ、駄々こねてんだろうな、これ。
「それに、戦に出ていた時一緒に寝てもいいって言っただろう?」
「いやまあ、そうですけど」
あ、思い出した。テントで隣同士の部屋になった時、そんなこと言ってたっけなあ。
抜かった。俺、何気にカイルさんのこと誘ってるか。ガワは女の子なんだから、そういう台詞言われたらそう思ってもしょうがねえわ。うん、俺が悪い。
「母のこともあるから、あんまり無理強いはしたくないんだけどね。でも僕は、今のところ側室を娶る気はないから」
「……はあ」
いや、別にあんたの決意聞いてどうというつもりもないけどさ。でもまあ、誘ったのが事実なら……いやでもえーと、さすがに心の準備が、な。
仕方ねえ、軽く奥の手を出そう。済まんムラクモ、借りる。
「いきなりやったらねじ切りますよ」
「……添い寝からで、お願いします」
「まあ、そのくらいなら」
って、ねじ切られるのが嫌なのはともかく、そこで引き下がるのもどうなんだろうなあ。でもまあ、カイルさんとしては無理やりギシアンなんてことはしたくねえわけだし、俺もまあな、うん。
つか、側室取らないってことは何が何でも俺が生まなきゃいかんってことかい。いやいやいやいや、いくら残念とはいえイケメン国王なんだから、その気になったら側室とかいくらでも来手があるだろ。もしシキノさんとこに娘がいたら、多分既に申し込み来てるぞ。あのおっさんならやりかねん。
あ、今ものすごく腹たった。




