328.中庭と小蛇
演説が終わった後、お城というかお屋敷の中に案内された。
俺とカイルさんのそれぞれの個室は、中庭に面したところに並んでいる。旧シノーヨ領にしては緑も多くて、何かほっとした。
あと、室内もユウゼに近い感じで作ってくれててさ。具体的に言うと、椅子生活。シノーヨって前に来た時に分かったんだけど、床にぺたんと座る生活だから。わざわざテーブルと椅子とか入れてくれたのかな。ありがたい。
「お疲れ様でした、陛下、殿下」
「あれ、マリカさん」
で、俺の部屋で待ち構えていたのがマリカさんだった。何でか可愛いメイドさんスタイル、ただし南国風明るいカラーリング。さすがにこれには、俺もカイルさんもびっくりしたので聞いてみた。
「えー、可愛い。どうしたんですか、それ」
「傭兵部隊の頃からお2人のことをよく存じておりますので、お世話係ということでこっちに来ました」
「そっか。俺も、マリカさんなら安心できるなー」
「主にジョウのことを、よろしく頼みたい。女性は男より、何かと大変だろうからね」
そっか、……てかお世話係っているのか。王族だから当然なのかね。で、もともと王族なカイルさんは割と慣れてるようで、マリカさんにちゃっちゃと指示をしてくれた。
そういや女の子って、朝から化粧とかいろいろ大変だもんなあ。今までは考えたことなかったけど……え、これから俺、化粧とか覚えなきゃいけないわけ? うわやべえ。マジか。
「いえいえ。こちらこそ、失礼のないように頑張りますね。まずは殿下、お化粧の仕方から」
「やっぱり?」
マジだった。……頑張ります、はい。
さて。
俺の部屋やカイルさんの部屋から見える中庭。
『まま、ぱぱ! ほんとにおいけがあるー! おみずちゃぷちゃぷー!』
「おー、ほんとだ。綺麗な池だな」
「ユウゼの水と同じように浄化されてるそうですから、すくって飲んだりもできるそうですよ」
『のめるほど、きれいなおみずなのですね!』
ここにはさっきネネさんが言ってた、タケダくんやソーダくんが涼める池もちゃんとあった。ほんとに綺麗で、底に敷いてある石とかちゃんと見えるし。マリカさんの説明に、ソーダくんがはあと感心してる。
と、タケダくんが『あれ?』と池の側、こんもり茂った草の方に目を向けた。
「どうした? タケダくん」
『だれかいるー』
「誰かいる?」
誰かって誰だよ、とか言う前に、何気にずっとついてきてたムラクモがすっ飛んでいった。うんまあ、お前さんカイルさん付きの忍びだから部屋も近いけどさ。すっかり伝書蛇に見とれてたろ、全くムラクモなんだから。
それはともかくとして、ムラクモはその草のあたりを慎重に覗き込んでいた。
「ん?」
彼女が、草の向こうに手を伸ばす。何か拾い上げた感じ、かな。てことは、人間じゃないってことか。
「タケダくん。もしかして、この子のことか?」
『うん、そうみたいー』
拾ったものを手のひらに乗っけたまま、ムラクモが帰ってきた。タケダくんが大きく頷いたから、さすがに分かるよな。
で、だ。
「ぴい」
「……実に可愛らしい」
ムラクモの手のひらに乗ってたのは、小さな小さな、多分生まれたばかりの伝書蛇だった。淡いブルーグレーの身体に、背中の羽はスイテンみたいなヒレになってる。
てか、しゃーじゃねえんだな。ぴい、って鳴くんだ、あのタイプ。
なんて感心してたら、タケダくんがふんふんという感じで話を聞いていた。そして。
「ぴいぴい」
『あのね、げんちゃんだって』
「げんちゃん?」
そっか、ゲンちゃんっていうのか、と納得しかけたところで、ソーダくんがおずおずと口を挟んできた。
『……たぶん、げんぶさまです』
「ぶっ」
「えっ」
「どうした」
「どうなさいました?」
俺が吹いて、カイルさんが目を見張って、ムラクモとマリカさんが首捻って。
てかこれ、ゲンブ? あの、神の使い魔の? いや、すーちゃんやせーちゃんみたいなこともあるから、なくはない、けど。
どうするんだよとか何とか考える前に、例によって例のごとくムラクモが使い魔愛を全力で発揮した。
「この子は、ゲンちゃんというのか。少し違うタイプだが、なかなか愛らしいな」
「……あ、ああ、うん」
「ぴ? ぴい」
あ、ムラクモのやつ遠慮なく頬ずりしてやがるし。てか、ゲンブじゃなくてゲンちゃんもスリスリし返してるし。
これは……どうすべ、カイルさん。
「……どうします?」
「さすがに、こんな小さな伝書蛇を放っておくわけにもいかんか……」
顔ひきつってるなあ、カイルさんも。いやまあ、さすがにいくらゲンブでも、あんなちっちゃいのをアレだからぷちっとやっちゃえ、とか無理だ俺。というか、絶対ムラクモに阻止される。
阻止してくるのはムラクモだけじゃなくて、うちの子たちもだった。俺の顔ガン見して、丸い目をうるうるさせて訴えてくるんだよこいつら。
『まま。げんちゃん、いっしょにいていい?』
『わ、わたしどもでちゃんとそだてますっ』
「……あー」
……マジで、すーちゃんみたいな前例あるし、な。ははは、とカイルさんと顔見合わせて、笑うしかない俺だった。
「これも、何かの縁ですかね」
「今度は、いい子に育って欲しいな」
というわけで、しょうがないよね、これは。今度は黒の神もあっちに行ったままだろうし、大丈夫だよな。
「……こ、こんどこそ言葉を聞けるようにっ」
「ムラクモ、使い魔スキーパワーアップしてない?」
……ムラクモとマリカさんが漫才コンビになってるのは、とりあえず気にしないことにする。




