322.刃
「ぎぃやあああああああああああ!」
あくまでもシオンの声で、でもちょっとごぼごぼと濁った感じに歪んだ声で絶叫する、黒の神。魔眼だった右目が、カイルさんの剣に引っ掛けられた感じで血まみれになっている。
それでも、死なない。もう、身体もシオンの……というか、人間のじゃないんだろう。何しろ、神の使い魔のパーツでほとんどが占められてるし。
「きさまらあああ!」
「……くっ!」
血まみれの顔を抑えもせずに、ビャッコの腕をぶんと横に振る。光の盾を斬り裂いたその爪は、だけどカイルさんが構えた剣で何とか弾き返された。いや、カイルさんもきついっぽいけど。
「国の王と白の魔女を名乗りながら、この人でなしが!」
お互いに少し距離を取りながら、黒の神が吠えた。いや、人でなしってあんたに言われる筋合いないし。あっちはもともと、人じゃねえけど。
「よくも、友の顔をした我を殺そうと思うたなあ!」
「ろくでもねえ神様になんざ、そんな台詞言われたくねえよ!」
さすがにその台詞には、反射的に返させてもらう。友の顔って、当たり前だろう。その身体はそもそも、シオンのもんだ。それを、てめえが。
「シオンの魂、てめえが食ったんだろうが!」
「この小娘が人の世を壊せと我に願った、その代償よ! 神に願った代償に、魂を喰らって何が悪い!」
吠えながら、再び黒いビームが飛んで来る。タケダくんが撃ち返してくれたけど、これは早めにケリつけたほうがいいな。下で誰か死んだら、それだけ奴の魔力が補給されるみたいだし。こっちはそういう補給はないから、その前に何とかしねえと。
ちらっと見た視界の端に、大公さんが態勢立て直してるのが見えた。魔力回復中のようだ。多分、アキラさんも同じようなもんだろう。できれば手間取らせたくねえなあ。ラセンさんたちは、下で手一杯だろうし。こっちが暴れてると、その衝撃波とかとばっちりとかで城やら何やら崩れるんだよねえ。
そんなことを考えてる間に、カイルさんが俺の代わりに叫んでくれた。
「貴様の信者が、そうなるように彼女を壊したんだろう!」
「おかげで我は、良い巫女を手に入れられたわ!」
「それで魂まで食らうか、それでも神か!」
「神だからこそ、下僕どもの魂を食らう権利がある!」
……同じ神でも、太陽神さんとはえらい違いだな。そりゃ対立もするわな、あんたら。
太陽神さんは、前の戦いで巫女を死なせちゃったことにしょげてたのに。
黒の神は、それを当然のことだと吠えている。
イコンの人には悪いけど、ちょっとこいつ無理だわ、うん。
「……そうか」
と、黒の神がにたりと笑った。相変わらず血まみれの顔なんで、迫力が何というか半端ない。ただ、片方の翼がダメージ食ってるせいかバランスが変になってきてる、気がする。
けど、そのへんなバランスのままで奴は、ムカつく台詞をのたまった。俺にじゃなくて、カイルさんに。
「貴様、母親が巫女になり損ねた役立たずなのだな」
「……それがどうした」
あ、カイルさんマジで怒った。声が低くなったから、よく分かる。
カズヒサさんは黒に堕ちることもなく、カイルさんのお母さんになったんだけど……そうか、シオンみたいになってた可能性だってあったんだよな。その前に助けられた、わけだけど。
「貴様の母親が我が下僕となり果てておれば、ここまで長引かずとも貴様らを獣にできたのになあ!」
「言いたいことはそれだけか外道!」
それをそんな風に抜かしたら、そら怒るわ息子。というか俺も怒るぞクソ神。
というわけで、俺の杖とカイルさんの剣から同時に、風の刃が飛んだ。すぐに俺は、タケダくんの頭をぽんと叩く。
「行け」
『はーい!』
もう一度、奴の目の前まで入れれば。もう、とことんまでシオンの身体が残ってる部分、頭を破壊してしまうしかない。それでも倒せるかどうかは、ちょっとわからないけど。
「ワシらも大概長生きしとるが、貴様以上の下衆なぞ見たことがないのう」
「似たり寄ったりの下衆はままおるがの、何しろ貴様は神じゃ。その一点で貴様は、他の下衆どもの上を行く」
そして、俺たちに向けて攻撃を仕掛けようとした黒の神の両横に、大公さんとアキラさんが復活してきた。特に大公さん、何だろあの魔力のど塊。
「タイシャク、カテン、エンマ、ラセツ、スイテン、フーテン、ビシャモン、イザナ、ボンテン、ジテン、ニッテン、ガッテン!」
「きしゃあああああああああ!」
「全力で、光の拳じゃあ!」
って、使い魔総攻撃かよおい。大公さんを中心にして12匹の使い魔たち、合計13の光のビームが黒の神めがけて突っ込んでいく。いや、それで倒せるんじゃないのかおい。
「魔術で我を、完全に屠れるものかあ!」
「じゃから、ワシらが前に立っておるんじゃよ! チョウシチロウ、ヘイゾウ、コヘエ! 光の刃!」
「しゃあああああっ!」
黒の神の叫びに負けないくらいでかい声で、アキラさんが叫ぶ。こちらは3つだけど、やたらと巨大な光の刃が黒の神を切り裂こうとする。でも、ビャッコの爪がそれを受け止めて、バリンと破った。
そんなことをしているから、奴は俺たちから気がそれた。その間にタケダくんは、黒の神の目の前まで入ってきている。
魔術で完全に殺れないのなら、要は物理で殺ればいいわけだ。それができるのは、ここに1人。
「光の拳! ……カイルさん!」
「承知!」
俺が撃ち込んだビームを追いかけるように、タケダくんがまっすぐ黒の神に、ギリギリですれ違うように突っ込む。そして、カイルさんは振り上げた刃を、まっすぐシオンの脳天に叩きつけた。
そのまま真下へ、風の刃の力を借りて伸びるカイルさんの剣。
黒の神は、それこそ縦まっぷたつに、切り裂かれた。
「……ゃああああああああああ!」
その悲鳴は、黒の神のものだったのか、シオンのものだったのか。
もしかしたら、武田四恩のもの、だったかもしれない。




