312.祈りの間
空を飛んでるうちに、周りが暗くなった。
……いや、これ転移魔術か。さすがに今回は落っこちる感じじゃなくて、横に高速移動って感覚だ。でも、やっぱりその後は降りていく感じなんだよな。落ちる、じゃないだけマシか。
「あだっ」
そして、あっという間に俺とカイルさんは、セイリュウさんの手を離れて床の上に放り出された。一緒に飛んできたスザクさんも、大公さんをぽいと放り出す。3人揃って無造作にじゅうたんの上をごろんと転がる形になったんだけど、俺以外の2人がまるで反応ねえし。ったく、シオンめ。
あ、違う。カイルさんが反応した。というよりも。
「到着、だな」
「うがっ」
そう言って、俺をひっぺがして床に放り投げた。あ、駄目だこりゃ。完全にイッちゃってるわ……と、酷く冷静に反応してる自分が怖いよ。あー、頭のどっかが現実逃避してるな、これ。
と、胸元からタケダくんがひょこっと顔出した。少し遅れて、ソーダくんもおずおずと出てくる。今回は、2匹とも無事だった。良かった、とあんまり良くない状況なんだけどほっとする。
『まま、だいじょぶ?』
「おお、大丈夫大丈夫」
タケダくんに頷いてから、とりあえず周囲を見回す。えーと……独特の青臭い匂いはしねえんだけど、その代わりに何というか、鉄臭い。じゅうたんも壁も、こうペンキを缶ごとぶちまけた感じのどす黒い塗装があっちこっちに……血か、これ。
というか、だ。
「つか、ここどこだ。城でいいのか?」
『おそらくは。えっけんのま、のようです』
「マジか」
ソーダくんの台詞に、うわあと顔をしかめる。シオン、てめえこの場所よっぽど好きなんだな。前もここだったろ、俺とカイルさん引きずり込んだの。
おっと、カイルさんと大公さんは……あ、いた。玉座の方に歩いていってる。最初からあっち見りゃ、謁見の間だって分かったのにな。
んで、カイルさんたちを迎えるように人が2人いる。って、あ。
「ミラノ殿下に……シッコクさん?」
「ミラノ皇帝陛下、よ。間違えないで」
名前を呼んだ途端、そこに空気を読まない修正が入った。はいはい、何はなくとも諸悪の根源な、てめえだな。
「シオン」
「おう。何だ、てめえまで来たのかよ」
ミラノ殿下もシッコクさんも、カイルさんたちと同じようにぼうっとしてるというか、うん。その2人の腕に自分のそれを絡ませて、相変わらず空気もへったくれもないレベルでえろ女になっちまってるシオンは俺を見て、あざ笑った。
その前に、カイルさんと大公さんが膝をついた。深く、頭を下げる。
「……黒の魔女様。セイリュウの下僕、参上いたしました」
「スザクの下僕、参上仕りました」
「遅かったわね。まあ、来てくれたのだから良しとしましょう」
名前じゃなくて、使い魔の下僕。そう名乗った2人を、シオンは楽しそうに見下ろす。俺は慌てて立ち上がって、そっちの方に1歩踏み出した。
「てめえ、カイルさんたちに何しやがった」
「したのは俺じゃねえよ。黒の神が、使い魔を使い魔に戻しただけじゃねえか」
男に対するのとはもう極端に違う、いやらしい悪役顔。そんな顔でシオンは、俺に向けては元の武田の口調でそう言い放った。
途端、背後からがっと羽交い締めくらった。うわ、気配読めてねえ。つか、何というか魔力、吸い取られてる気がする。くそー、敵のまっただ中ってこういう時、きついなあ。
「ちょうどいい。てめえもそこで、しっかり見てな……トウマ、儀式が終わり次第その小娘を好きになさい。理性のないメスになれば、喜んでお前を受け入れるでしょう」
「ありがとうございます、黒の魔女様」
シオンの言葉とそれに対する返事で、俺の背後にいるのがトウマさんだと分かった。つか、ふはーふはーと鼻息荒いんだよ。あと、腰に固いの当たってんぞ。
まあそれはともかくとしてだ。俺を捕まえられたことで、タケダくんとソーダくんがしゃー、と威嚇を始めた。この状態で無茶すんな、お前ら。
『じょうさまを、はなしなさい!』
『ままにさわるな!』
「どけ、邪魔だ」
伝書蛇たちも魔術はやばいようで、しゃーしゃー言うだけ。それでもうるさいのはうるさいからか、トウマさんが俺を片手で抱え直した。
ついでに足を絡めて、動けないようにしてきやがった。そうして、空いた手でタケダくんたちに手を伸ばしてくる。
……あんたの羽交い締めが外れたってことはだな、俺もそれなりに腕は動かせるんだよ。
「おい」
顎の下に、マヒトさんからもらった短剣の先を突きつける。初めて人を殺した時の、同じ切っ先を。
正直、力で勝てるわけはない。けどまあ、相打ちくらいになら持ち込めっだろ。そう思いながら、精一杯ドスを効かせてみた。
「人の伝書蛇に触んじゃねえよ。手え出したらぶっ殺すぞ、色ボケジジイ」
「……っ」
さすがに固くしてるもんな、色ボケに反論はできないだろうよ。ぎり、と歯噛みする音が聞こえたよ、トウマさん。
とはいえ、状況は相変わらずこっちが酷く不利、というかシオンの思い通りだろうな。何しろ。
「放っておきなさいな、トウマ。どうせもう、その娘には何もできないんだから」
笑いながらそんなことを言う奴の四方を取り囲むように、薄ぼんやりと姿を見せる神の使い魔たちを身体に絡ませたカイルさんたちが、俺には分からない言葉で祈りを捧げ始めたんだから。
……マジ、やべえ。




