304.気になること気にすること
大公さんとアキラさんの幼なじみ漫才は、体感で10分程度で終了した。傍から見たらまあまあ仲の良い兄ちゃんと姉ちゃんだねえ、なんて感じだったしな。
で、さすがにこっちの視線に気づいてアキラさんは、年甲斐もなく顔を赤らめた。いや、外見からするとばっちりなんだけどね。
「……ツッコミ待ちは無理じゃったか……」
「幼なじみの再会ですし、口を挟むのも野暮かと思いまして」
「わはは。お気遣いはありがたいんじゃがね、時と場合にもよるわいなあ」
「まあ、さすがに何かあればすーちゃんやせーちゃんが分かりますから」
一方大公さんはさすが、もともとシノーヨのトップだってこともあってか笑って流しちゃったよ。カイルさんも王様になってからだいぶ度胸も据わったみたいで、一緒に笑ってら。
と、不意に大公さんが俺の方見てきた。
「んでな、王妃殿下」
「は、はい?」
「呼び方なんじゃがね。前からヒョウちゃんでええ、と言うとったじゃろ? そこの婆さんと同じように」
「婆さんだの何だの、お前さんに言われたくはないわなあ? 爺さんや」
うわ、話が戻ったけど違う方にも戻った。いや、だからヒョウちゃんはさすがにいくら何でも駄目だと思う。
『主、それで納得する相手ではないぞ?』
『すーちゃんの主は、もう少し考えたほうがええのう』
ほら、神の使い魔ダブルでツッコミ入れてるし。と言っても両方聞こえるの、俺くらいかもしかして。
でも、少なくともすーちゃんの台詞は聞こえてるわけで、さすがに大公さんはうーん、と考える顔になった。
で。
「……じゃあ、クシマ大公で良いか。殿下はいらんぞえ、姫君」
「そうだな。現在の立ち位置は、俺たちの方が上になるわけだし」
「わ、分かりました」
カイルさんの口添えもあったので、それでいいかということになった。そういえばクシマって名前だっけ、大公さん。すっかり忘れてたけど。
「そういえば」
カイルさんが、人の頭の中呼んだような台詞を口にする。いや、さすがにこの人が大公さんの姓忘れてるとは思わないので、別の話だろうけど。
「クシマ大公、あなたはイコン側でしたよね。あちらはどうだったんですか」
「ん? うむ」
やっぱり別の話だった。ああ、大公さんたちはイコン側から帝国領に入ってきたんだよな。それなら、向こうの……イコンの街とか、見てきてるんだろう。それがどう、なんだろうな。
で、大公さんは1つ頷いてから、ものすごく難しい顔になった。
「あちらはかなり人が減っておる。と言うよりは……いくつかの村を見てみたが、どの家も空っぽじゃ」
「カラ、なんですか」
「恐らく、コーリマの国内に送り込まれたんじゃろ」
家が空っぽ。住んでいた人たちはどこかに……おそらくはコーリマ領内に連れて行かれて、もういない。
そんなことするなんてまあ、大体誰がやったかとか何でやったかとか簡単に推測がつくけどさ。どうせシオンが、魔力かき集めるためにだろ。
そんなこと考えてた俺の耳に、大公さんの言葉の続きが飛び込んできた。
「たまに抵抗したらしい住民が殺されて転がっておったが、その中にコーリマの紋がついた剣が刺さっておった奴がおる」
「抵抗した者を殺したのか……他の民への威嚇も兼ねて、だな」
「……やはり、人間の魔力をかき集めておるのかの」
カイルさんが、そしてアキラさんが吐き捨てるように呟く。何というか、気持ち悪い。
いや、今更殺しがどうとか言える立場じゃねえしな、俺も。でもなあ、なあ。
「国王陛下、王妃殿下」
大公さんが、改まった口調でこっちを見る。俺と、カイルさんを。
「くれぐれも、お前さんたちは注意するんじゃぞ」
「ヒョウちゃん、お前さんもじゃ」
そのまま言葉を続けようとして、アキラさんにぶった切られた。彼女は俺たちを見渡しながら、『注意する』理由をまるでご近所のおせっかいおばちゃんみたいな口調でとうとうと口にする。
「国王陛下とヒョウちゃんは、両方共神のお使いを連れてるじゃろ? 王妃殿下は世に名高き『白の魔女』じゃしの。お前さんたち3人、黒帝国からしてみりゃあヨダレがでるほど欲しい存在じゃわえな」
「む……」
否定できないなあ。つか、確かに大公さんとカイルさん、すーちゃんとせーちゃんを連れてる以上向こうから目をつけられてるはずだし。俺はまあ、俺だしな。シオンのことだから、アキラさんが考えてるのとは違う意味でとっ捕まえたいだろうし。
「まったく、お気をつけ召されよ? 特にそこの耄碌爺」
「じゃから、強欲婆に言われる筋合いはなかろうて」
これで何回目だ、外見若者実際爺婆漫才。いやまあ、漫才できるだけまだこの辺は平和、なんだよね。今のところは、だけど。
なら、今のうちに注意しておこう。何しろ、俺の隣りにいる人は。
「……気をつけてくださいよ、カイルさん。あんた前科あるんですから」
「わ、分かった」
『かいるおにーちゃん、まえみたいなことになったらめっ、だよー』
『かいるさま、じょうさまも、おきをつけてくださいね?』
『主ー、この子たちにまで案じられてどないするんじゃ。まったく』
俺どころか使い魔たちにまで心配される、残念イケメン国王なんだからなあ。




