302.漆黒の白き獣
ビャッコ視点です。
黒の魔女を名乗る小娘の報告を受けて、俺は呆れて肩をすくめた。
『太陽神の手下に、国内に入られたのか』
「はい。ですが、こちらの思惑通りですわ」
くく、と喉の奥を鳴らしながら笑うのは、俺と少し似ていると思う。似ているのはあくまでも笑い方だけで、性格なぞは小娘のほうが悪いな、うむ。
『確かに、魔力はあって困るものではないからな』
「そうでございましょう?」
意地の悪い笑みだな。まったく、この世界に来るまで男の身体を持っていたというのが不思議でならない。今のこれはすっかり、男を色香で惑わし魔力を搾り取る魔女ではないか。
「きちんと軍を派遣し抵抗しておかねば、愚かな太陽神の手下とてこちらの思惑に気づくやもしれませんからね」
『そのための捨て駒か』
やれやれ。
まあ、たかが数百、数千の兵士を捨てたところでその何倍、何十倍もの魔力を持つ連中がやってくれば計算は合う。例えば王家の末裔、例えば長く生きる魔術師。そして例えば……白の魔女を名乗る、小娘。
今の俺たちには、溢れんばかりの魔力が必要だ。それを見越してこの黒の魔女は国を乗っ取り、男どもをたらし込み、女の理性を剥ぎ取った。我らが目的のために。
……しかし。
『しかし、いいのか?』
「何が、でございますか?」
ふと問うてみると、小娘は不思議そうに首を傾げた。俺が尋ねる事柄を理解していない……のは、当たり前だな。これから口にするのだから。
『我らの神が戻ってきた折には、せっかく築いた文化も何もかも、無に帰してしまうぞ』
「私をこの世界に連れてきた黒の信者たちは、そのために生命を賭けて戦っております」
そして、口にした疑問への答えは彼女にしてみれば至極当然、といったものなのだろう。そういう口調だったからな。
……魔力を貯め込む理由。
我らが黒の神は、現世に降り立つことを願っている。そのためには膨大な魔力、そして我ら神の使い魔を揃えて行う儀式が必要だ。儀式を行える魔術師は今、目の前にいるから問題はない。
つまり問題は魔力と、そして太陽神側についているセイリュウとスザクだ。しかし、奴らを使い魔としている者共がこちらにやってくるのだから、それはそれで好都合か。
『……まあ、人間がどうなろうと知ったことではないな。せっかく俺も、現世を楽しんでいるのだし』
「十分、お楽しみ下さいませ。我らの神が勝利した暁には、存分に人の魔力を貪っていただきましょう」
うふふ、と笑いながらそんなことを言う黒の魔女は、今後の作戦を練るために俺の部屋を出て行った。この部屋はかつて、正妃とかいう女が使っていた部屋らしい。まあ、そんなこともどうでもいいが。
気が向いて、姿見の前に立つ。黒の神を祀る国の民、その身体を借りて今この場にいる俺は、本来の白い肉食獣とはまるで正反対の色を持っている。
鏡の中に映るその姿が、こちらを見て口を開いた。
「……楽しんでおられるのですか?」
『何だ、起きていたのか』
「はい」
鏡の中、本来の人格が頷く。確かシッコク、とか言ったこの者は、俺を受け入れてなお平然と己の存在を維持している。支配力は俺のほうが強いから、ほとんど表には出てこないのだが。
『しかし、起きていてもわしの支配は解けぬぞ』
「そうでしょうね。私はそもそもイコンの民、黒のお方様との相性はよろしいようで」
『それで、正気を保っているのか。あの皇帝とやら、とは偉い違いだな』
「あの方も、時折目覚めておられるようですよ」
『ふん』
ゲンブが身体を借りているのは、この部屋を使っていた女の腹から生まれた小僧だ。黒の魔女に籠絡され、今ではゲンブが表に出ない時も操り人形の人格でしかないはずだが。そうか、本人もまだ生きているのか。
『まあ、構わん。誰が表に出ようが、俺やゲンブがこの世に存在することに変わりはないからな』
「そして、いずれセイリュウ様やスザク様と戦になることも」
『それこそ、望むところだ』
セイリュウとスザク、あやつらとは一度、正面切って戦ってみたかったからな。
太陽神に寝返ったことには、感謝しておこう。
『さて、わしらとあやつら、勝つのはどちらかな』
鏡の中の俺は、俺と同じようににいと牙を剥いて笑った。




