298.夜明けとともに
つんつん、と頬を突かれて目が覚めた。テントの中なので結構暗い視界の中、白蛇は目立つなーとか思いながら再びやってくる睡魔とバトル。
『ままー、あおいおねーちゃんがくるよ?』
『そろそろ、おめざめのおじかんですよ』
「……んあー」
タケダくんに続いてソーダくんにまでつつかれちゃ、起きないわけにはいかないよなあ。とりあえず、両手伸ばしてうーんとやるのはこの世界でも気分がいい。
って、タケダくん今、アオイさんが来るっつーてたよな?
それに気がついた瞬間、テントの外からその本人の声がした。うわ、この子たちそれで起こしてくれたのか。
「殿下、お時間です。お目覚めでしょうか」
「あー、はい。タケダくんとソーダくんが、今起こしてくれました」
慌てて上半身起こすのと同時に、アオイさんが「失礼します」と入ってきた。小さな魔術灯と、それから桶持ってきてる。湯気が見えてるから、お湯入りかあ。
「さすがは殿下のお使いですね。お湯をお持ちしましたので、顔と手足をお拭きください。タケダくん、ソーダくんもどうぞ」
『わ。おふろ? おふろ?』
『からだをきよめて、がんばりましょう!』
「ありがとうございます。うん、頑張ろうな」
ま、この子たちはそのままたらいにザブン、でも問題ねえだろ。アオイさんにタオルもらってさっさと顔拭いて手足も拭いて、着たままの服を整えながらよし、と軽く気合を入れた。
あのドタバタの後、俺とカイルさんはさっさとテントに放り込まれたんだよね。アオイさん曰く。
「陛下と殿下は、夜明け前までお休みください。時間まではお守りいたします。その分、戦の時には働いていただきますから」
……はい、頑張ります。確かに寝不足で戦は無理だよねー、しかもぶっちゃけ軍のトップだし。
カイルさんもその辺はまあ分かってるんだけど、やっぱり気になるみたいだったな。主に、自分より忙しくなるはずの兵士たちのことが。
「アオイ。見張りは2時間交代を順守、当番でない者はきっちり休ませておくように」
「は、その旨伝達いたします」
んなわけで、アオイさんにそういう命令を出して伝えてもらってた。そのカイルさんの肩で相変わらずでれん、としてたせーちゃんが、軽く首を上げる。
『主もお嬢ちゃんも、タケダくんとソーダくんもしっかり休むことじゃ。ワシが見張っておるからの』
「いいんですか?」
『ははは、神の使い魔は伊達ではないぞえ? というか「龍の卵」の中でよう寝とったからの、さほど寝ずとも平気じゃ』
いや、確かにあの中じゃ動けなかっただろうけどさ。でも、せーちゃんがそう言うなら今回くらいは任せてもいいのかな。
「じゃあ、お願いしましょうか」
「そうだな、ここは任せようか。夜明け前には起きて、準備をしないといけないからな」
『うむうむ。ゆるりと休めよ』
カイルさんと顔見合わせて苦笑して、そうすることにした。
で、ベッドに寝転がったところで意識が吹っ飛んで、タケダくんに頬つつかれるまで爆睡してた、と。
おかげでまあ目覚めもすっきりしたし、タケダくんとソーダくんも朝からお風呂で機嫌はいいし、マユズミさんが持ってきてくれた朝食代わりのパンとスープも腹に入れたしで、準備OK。
んでテントの外に出ると、既に準備万端なカイルさんが待っていてくれた。俺の顔見たらもう、ぱあっと嬉しそうに笑いやがってこの残念イケメン旦那。
「おはよう。よく眠れたかい?」
「おはようございます。そりゃもうぐっすりと」
『おはよー。あさからね、おふろはいったんだよ!』
『じょうさまのおからだをきよめるおゆを、しょうしょうおかりできたんです』
『おお、それはよかったのう』
2人と3匹、のほほんと会話しながら進んでいく。カイルさんの腰にある剣と、俺が握ってる杖はせーちゃんの牙から生まれたもので、何て言うかその、すっごく力強い感じがする。
そうして、俺たちはラータの門が見える場所、街道に立つ。俺とカイルさんが先頭、両脇にラセンさんとアキラさん、他白黒コンビをはじめとする兵士たち。もちろん、後ろにもぞろっとたくさんの兵士たちが並んでいる。
門とその向こうは静まり返っているけれど、そっちから色んな気配を感じ取れる。さすがにこういうのは俺や使い魔たちだけでなく、普通の兵士たちも分かっているようでこそこそ、ひそひそという声が聞こえてるぞー。
『主よ。壁の向こうには、殺気と黒の気配が満ち満ちておる』
「吹き飛ばせばいい」
せーちゃんの注意に、カイルさんはなんてことないように答える。その彼の顔に、うっすらと光が差し始めた。
夜明け。太陽神さんの力が、始まる時間。
そうして。
「我が名はタチバナ・スメラギ・カイル、シロガネ国の王なり。これより、黒の名を冠する帝国との戦に入る。歯向かう者には、容赦はせん!」
すらりと剣を抜きながらカイルさんは、声を張った。そうして両手で握った剣を掲げ、一気に振り下ろす。
「はあああああああああああっ!」
ごう、という風が一筋の巨大な剣となって、ラータの門をばっさりと斬り裂いた。途端、その向こうから溢れ出すように兵士が湧いてくる。全体的に黒の気配をまとって、まるでホコリの溜まった天井裏ぶっ壊したみたいに。
もちろん、そのくらい予測はできている。そのための俺と、タケダくんとソーダくんなんだから。
『ひかりのたて!』
『ひかりのたてえ!』
「風の舞!」
伝書蛇たちが展開した光の盾で兵士のスピードを落とし、俺の風の舞で兵士の先頭連中の足をすくう。んで、俺とカイルさんは後退して、代わりに兵士たちが一斉に前へと進み出た。
「槍部隊、前へ! 弓部隊、放て!」
「王妃殿下とカサイの守りがある、怯むことはない!」
ハクヨウさんやコクヨウさんの声が、騒がしい中でもよく通って聞こえる。
始まった戦のど真ん中で俺は、そんなことにくらいしか気づかなかった。




