297.マジめんどくさい相手
割に程なく、ビンタのお時間は終了した。連れてこられた全員が女性だったんで、襲ってくるような野郎どもと違ってさすがに蹴ったりするのはな。うん。
「総勢23人、と」
地面にごろごろ転がっているお姉さんたちを見ながらリストを作っていたアオイさんが、ふむと呆れ顔になった。まあ、発情したお姉さんをばらばらに軍の陣地まで押しかけさせるなんて戦法、ろくでもねえもんな。あと、ちらほら見た顔があるし。
それはアオイさんも分かってたようで、はあと肩を落としながら口を開いた。
「神官たちも含めて、半分くらいは総本山の人みたいですね」
「残るは調べてみないと分からんが、コーリマの民でしょうな」
「ラータだろう。何しろ目の前だ」
四苦八苦しつつお姉さんたちを縛り上げたハクヨウさん、もう疲れたって顔してるよ。コクヨウさんやタクト、ノゾムくんなんかも一緒に頑張ってくれました、うん。
ああ、コクヨウさんは結構平気だったみたい。良かった。黒の影響を一度受けた人って、他の黒の気に触れると割と戻りやすいらしいんだよね。何だろ、中毒みたいな感じか。
で、そのコクヨウさんが苦々しい顔をして、お姉さんたちを見下ろしている。
「どうします? これ」
「ひとまずは、捕虜として保護しておけ。戦が終わったら、まとめて砦まで送ろう」
まあ、今から砦に連れてくとなるとなあ……ラータとの戦、始まっちゃうし。いや、始まっても良いんだろうけどまあ、いろいろあるんだろうな。うん。
「これだけの人数だと、荷馬車に積み込むしかないか」
「乱暴ですけど、それっきゃないですねえ。適当に空けておきます」
「とりあえず、運べ。陛下と殿下には目の毒だ」
「りょうかーい。えらいもん、お見せしました」
いや、別に目の毒ってわけじゃないんだけどな。ま、横見たらカイルさん、耳真っ赤になってるけどさ。カイルさんには目の毒か、うん。運んでってください。
にしても、大勢の運搬方法って確かにそれしかないよな。積んでいくのかー……荷馬車だと、俺の乗ってきた馬車よりもっとガタゴトとかするんだろうな。人乗せること、あんまり考えてないみたいだし。
「ねえ、カイルさん」
「ん? な、何だ」
それよりも、ちょっと気になったので聞いてみよう。具体的には、黒帝国の動きだ。
「ここから、攻め込んでくると思います?」
「五分五分だが……ない、と見ていいかな」
「何でですか?」
少し考えてから出てきたカイルさんの答えは、わりかし微妙なものだった。五分五分だけどない、ってどうなんだろうな。
けど、更にその答えはカイルさんからじゃなくて、別の人から出てきた。
「目的は多分、嫌がらせじゃろうからね」
「嫌がらせ、ですか? アキラさん」
一応結界の方をチェックしてくれてたアキラさん、お姉さんを運び出す白黒コンビその他と入れ代わりにさっさと戻ってきたようだ。で、にまにま笑いながら言葉を続ける。
「発情した娘っ子を送り込んで、うまく引っかかれば良し。そうでなくとも見てみい、娘っ子の拘束やら砦送りやら敵への警戒やら、こっちに疲れろと言うてるようなもんじゃよ」
「あー」
そういう嫌がらせかよ。いや、今のシオンならやりそうでアレなんだけどさ。でもそうすると、向こうが今のうちに攻めてこない理由がちょっと分からない、んだけど。
でもカイルさんは「なるほど」と分かったみたいだった。うー、どうせ俺頭回んねえよ、ちくしょう。
「今攻め込んでくれば、こちらは準備万端と言っていい。それよりはいつ来るか、いつ来るかとこちらを疲れさせながら明日まで待った方が、向こうは楽だろうね」
「ま、全員が全員徹夜なんぞする必要もないわけじゃが、僅かでもそういう人員を作ればたっぷりと嫌がらせになるじゃろ」
「……うわあ」
め、めんどくせえ相手だ。つか、そういう連中というかシオン相手に戦うわけかー。あー、先が思いやられるけど、理性吹っ飛んで男にのしかかるだけの女になるよりは、よっぽどマシだな。
待ってやがれシオン、マジぶっ飛ばす。
「さて、わしも少々見張りを手伝ってくるわえなあ」
いきなり聞こえた声にえ、とそっちを見ると、アキラさんはいつの間にやらてくてく歩き去っていくところだった。くそうロリババアめ、何でちっこいのにそんなに足速いんだ。
ま、それはともかく、俺は声をかけた。やっぱ、な。
「アキラさんも休んでくださいよ?」
「ふむ。適当に寝るぞえ、案ずるな。わしにはチョウシチロウもおるし、ヘイゾウもコヘエもおるからの」
『おやすみなさーい』
『おやすみなさいませー』
「済まない、恩に着る。店主殿」
『適当に休むが良いぞー』
……そういえばせーちゃん、いたんだよね。何かすっかり忘れてるというか、カイルさんの肩掛けに馴染んじゃってるし。大丈夫かね、神の使い魔。




