293.乗り場
砦の出口前に、でかい広場がある。ま、要は馬車乗り場つーやつね。外で乗り降りして狙われたらたまんねえ、という話だ。確かにな。
で、そこに馬車が控えてた。5、6人くらい乗れるサイズのやつで、頑丈に作ってあるらしい。乗せるのが俺だから、なんだけど。
馬車の横で待ってくれてた姉上が、こっちに気づいてひょいと手を上げてきた。横にはイカヅチさんと、黒髪のお姉さんがいる。俺と似た感じのカーキのローブ着てるから、ラセンさんのお弟子さんかな。
「遅いぞ、ジョウ。カイルとイチャついてたか?」
「済みません、姉上。アキラさんがいるのにできませんよー」
「……姉上、俺を何だと」
「可愛い弟じゃろ?」
カイルさんが困った顔するのに、アキラさんがからから笑って答える。いかん、俺やカイルさんよりも姉上とアキラさんの方が口は達者だ。勝てるわけないって。
「お待ちしておりました、殿下。こちら、ラセン殿のお弟子殿でいらっしゃいます」
頭を下げてくれたイカヅチさんの横で、穏やかに笑うお姉さん。ああ、やっぱりそうだよね。
「カサイの弟子で、マユズミと申します。王妃殿下のお側付きを、長より仰せつかりました。この子は、イシダくんと申します」
「しゃあ」
俺よりずっと綺麗な黒髪の彼女が、深々と頭を下げた。肩の上では、イシダくんって呼ばれた綺麗な琥珀色の伝書蛇が、やっぱり同じように頭を下げてる。
まあ、そうすると俺も頭下げないとな、うん。とか考える前に、隣のカイルさんがまず答えたわけだけど。
「妻をよろしく頼む」
「よろしくお願いします」
『よろしくねー。まゆずみおねーちゃん、いしだくん』
『よろしくおねがいします、まゆずみさま。いしだくんも、いっしょにがんばりましょう』
「しゃあ、しゃ!」
「はい」
伝書蛇同士はまあ、何しろタケダくんとソーダくんなので大丈夫だろう。イシダくんも何となくだけど、おっとりした感じでいい子みたいだし。
にしてもマユズミさん、黒髪かあ。いや、こっちだと案外珍しいんだよね。俺みたいな『異邦人』除くと、イコンの人とか。
あ、もしかしてと思ったらマユズミさんが、笑顔のままで答えてくれた。
「私はイコン系ですので、黒の気には少々耐性があるはずです。ご安心を」
「あ、はい。お世話になります」
……髪の色って、グレンさんやスオウさんみたいなシノーヨ系の赤が結構目立つんだけど、黒髪も地味に目立つんだなあ。自分がそうだけど、自分の髪って鏡でもなきゃ見えないし。
ふと足音がしてそっち向くと、コクヨウさんが小走りに駆け寄ってきた。目的はカイルさんの方だな、多分。
「若、ロクロウタがお待ちかねですぜ」
「ああ、すぐに行く」
「店主殿もご一緒に。チョウシチロウが早く飛びたがっているようでして」
「おお、そうじゃな。わしも行こう」
ああ、アキラさんも目当てだったか。ここからチョウシチロウで行くんだ、アキラさん。ま、前に砦攻めに行った時もそうだったっけな。
で、2人はこっち見て、カイルさんが姉上に頭を下げた。一緒にコクヨウさんも下げるのは何でだ。
「姉上、イカヅチ。ジョウを頼みます」
「セージュ殿下、可愛い王妃様よろしく頼んますよ。カサイの魔術師殿も、腕信頼してますよ」
「任せおけ。可愛い妹は守ってみせるわ」
「お任せくださいませ、陛下」
「カサイの名にかけて、殿下はお守りいたします」
……俺か、俺そんなに心配か。つーか、コクヨウさんもカイルさんもシオンに引っかかってんだから、心配されるのはあんたらの方だ。
と思って、そういえばイカヅチさんも引っかかった組だったことを思い出す。あーもーシオンのやろー、誰でもいいんだな。ったく、次会ったらしばき倒す。
「王妃様、何ぞあったら遠慮なく魔術ぶっ放すが良いぞえ。わしがすぐに駆けつけるからの」
「はは、心に留めておきます」
そんな中、アキラさんの脳天気ながら実際にやったらどれだけ怖いことになるか分からない提案を引きつりながら聞く俺であった。いやだって、チョウシチロウが口からビームやったらどんな結果になるか、なあ。




