291.ひとまず作戦
「さて、私は先に行っている。急がずとも、しっかり準備をしてくるが良い」
砦の1階まで降りて、姉上がそう言った。
いや、一応出撃準備はちゃんとしてあるんだけどさ。でも、もう1回確認とかするのは悪くないか。これから行くのはのんきな旅行じゃなくて、戦争なんだから。
「分かりました、姉上。俺たちもすぐに行きます」
「うむ。ロクロウタとジュウゾウの準備をして、待っておるぞ」
カイルさんの返事に、軽く手を振って姉上は去っていった。あー、そういえばジュウゾウ、すっかり回復してんだよな。良かったなあ、頑張った甲斐があったよあいつ。
で、俺とカイルさん、それに一緒にいるアキラさんはひとまず作戦の再確認をすることにした。
「我々はこのまままっすぐ北上して、正面から攻め込む。まずはラータを占拠して、もし正気な民がいるならシロガネ側へ逃がすことになるな」
「こういう時って、俺必要ですね。正確には俺とタケダくんか」
ラータの街は、コーリマに入る国境の街だ。もちろん、黒帝国側もしっかり防御を固めてるのは確認が取れてる。イカヅチさんやムラクモ、そのお仲間の忍びさんたちが調べてきてくれた結果だ。
ついでに言うと、結界もゆるく張ってあるらしい。ゆるく、なのは恐らく、入る者は拒まないけれど中に入ったら黒の気の餌食、ということなんだろうという推測だ。
実際、結界をうっかり通り抜けた忍びの1人が発情しかけて慌てて戻ってきたんだと。うん、俺ぺちぺちしたよ。大変だなあ。
でまあ、あんまり正気の人はいなさそうだけどもし、そんなに酷くない人がいたら俺が黒の気を落とした後この砦に収容して、様子を見るという形に落ち着いたわけだ。
『黒の気はワシも見られるんじゃが、払えるのはお嬢ちゃんくらいじゃからのー。済まんが、頼むわな』
「はい、任せてください」
カイルさんの肩でしょぼーん、としてるせーちゃんを撫でながら答える。うむ、額のあたりは結構さわり心地いいんだよな。つるつるしてて。
「旧イコン領との国境地帯、それから海岸沿いにも部隊を配置済みじゃったな」
「ええ。明日の夜明けを待って、一斉に攻撃を開始することになります」
アキラさんの問い、と言うか確認にカイルさんが頷く。
ま、考えてみりゃ当たり前なんだけど、コーリマにも港はあるんだよね。ユウゼの北にある国だから、ユウゼの近くにある港の北に伸びてる海岸に接してるんだから。
で、その港に最近、太陽神教総本山との船が行き来してるんだそうだ。これまた忍び情報、を仕入れてきてくれたイカヅチさんの報告をちょっと前に聞いたんだけど。
「どうやら、総本山から黒く染まった信者たちを連れ出しているようです。入れ代わりに最低限の食料と、それからあちこちでかき集めた男女を送り込んでいるとか」
「……隔離された環境だからな」
その時、イカヅチさんの報告を聞いて、カイルさんが気持ち悪そうに吐き捨てた。
隔離された島に男女送り込むってことは、あーまー要するに黒の気にどっぷり浸けた上に遠慮なくえろえろあんあんモードにして、頭働かなくしちまってるって感じかね。前回もなんだけど何てーかシオン、えらく魔力欲しがってる感じしてたし。
前回はゲンブの復活が目的だったみたいだけど、そうしたら今回は何なんだろうな、あいつ。
ま、それはともかくとして、だ。
「部隊どうしの連絡は?」
「各部隊には、ラセンの弟子たちがそれぞれ配置されてます。定時連絡を徹底してるそうですから、何かあってもすぐに伝わるかと。ある程度は、司令官に権限持ってもらってますが」
「ふむ。なら、誤差は半日から1日程度じゃな」
アキラさん、あっさり納得してる。……ネットどころか電話も無線もない世界だもんなあ、連絡手段で一番早いの伝書蛇なんだよね。
にしても、各部隊?
「ラセンさんのお弟子さん、そんなにいるんですか」
「お嬢ちゃんいわく、王妃殿下が一番下の妹弟子、じゃと言うとったえ」
うわ、俺一番下か。一番下、ということは当然上もいるってことだもんなあ。てかそういえばラセンさん、代替わりしたの結構最近だったよね。つまり。
「それに、先代や先々代の弟子もまだまだ、現役が多いからのう」
あー、やっぱりそうだよなあ。あのホウサクさんは先代の弟子騙ってたけど、嘘つけるってことは本物もそれなりにいるってことだ。
てか、あんまり年齢てあてにならない、気もする。目の前に例がいるし。
「そうか、考えてみりゃアキラさんや大公殿下みたいな人もいるわけですしね」
「……店主殿や大公殿は、かなり例外の部類じゃないかな……」
「そうじゃなあ。わしやヒョウちゃんを基準にしてはいかんぞえ」
ごめん、さすがに曾孫どころか玄孫いる年齢の人がロリババアなりショタジジイっての、いくら何でも例外だよねえ。カイルさん、イケメン顔引きつらせて悪かった、うん。




