290.宣戦布告
ユウゼの北に築かれた、シロガネ国最前線の砦。その砦の最上部に立ち、カイルさんと俺は目の前に並ぶ兵士たちを見つめている。
戦闘スタイルに身を固めたカイルさんは、兵士たちに向けて声を張り上げている。もちろん、俺とかラセンさんとかがスピーカーをやってるわけだけど。
「コーリマ、そしてイコン。2つの国を滅ぼした黒帝国には、世界に存在する意味は無い。民を狂わせ、その考えを縛り、おぞましい黒の気を世界に広げようとしている者たちを、許す訳にはいかない」
砦の向こう、黒帝国にももしかしたら聞こえているかもしれない声。いや、聞こえてもいいんだけどな。
「我がシロガネ国は、今この時をもってコーリマ・イコン黒帝国に宣戦を布告する。既に書状は届いているはずだが、そうでなくともこの前の戦において我が国と敵対状態にあることは明白だ」
何しろ、今日のカイルさんの演説はそういうことを砦に集まってくれた皆と、それからシオンやその部下たちに聞かせるためなんだから。なお、本当に書状は送ってるとのこと。使者の人が行ってるらしいんだけど……大丈夫かなあ。
「これより我々は、北に向かう。コーリマの国境を越え、王都であった街に巣食う黒の魔女とその一派を排除するために。皆の者、我についてくるか!」
凛としたカイルさんの声に、兵士たちが一斉に拳を振り上げた。同時にうおおおおおお、という実に野太い雄叫びも鳴り響く。ああうん、皆乗ってくれてありがたいな、とは思う。
思うんだけどさ。
「うむ、さすが我が弟。ようできた」
俺の隣で腕組んでうんうんと何度も頷いている王姫様じゃなくって姉上、にガッツリ乗せられてるなとも思うわけで。何しろ。
「あの演説の原稿、姉上が作ったんですよね」
「そうだ。あのくらい仰々しい方が、聞く者のテンションも上がるしこちらについて来やすくなる」
「そういうもんなんですか」
「そういうものだ」
といいますかね、この演説そのものだって姉上の提案じゃねえか。こういうことしてこっちのやる気上げて、あと宣戦布告したよーとはっきり意思表示しとくのも重要だってさ。
「ただ、そうやってテンションぶちあげて戦場に引きずり出す以上、我らは何としても勝たねばならんがな」
「そうですね……」
うおおおおお、というおっさん主体の雄叫びがまだまだ収まらない中で、俺はため息をついた。つか、意外に姉上の声、良く聞こえるな。念のため、俺らの目の前に音声少し低くなるように風の壁作っといたの、役に立ったわ。
演説終わって、カイルさんと姉上と一緒に砦の屋上から降りる。その道すがら、ぱたぱたと手を振る小さい女の子に気がついた。いや間違えた、おなじみのロリババアだ。
「王様、王妃様、ご機嫌麗しゅう」
「店主殿」
「アキラさん、来てたんですか」
「うむ」
カイルさんもびっくりしてるっぽいので、知らなかったんだなこれ。姉上は……あ、目を丸くしてる。こっちも知らなかったぽいな。
ただ、気づいてなかったのは人間だけみたいで。
『ちょーしちろーおじちゃん、きてたよ?』
『へいぞうさまとこへえさまも、おいでになってますね』
『おー。チョウシチロウっちゅうたら、さっきちらっと見えたでっかい子か』
「……使い魔連中は、もしかして気づいていたのか?」
「みたいですね。タケダくんもソーダくんも、お世話になってますし」
「……教えろよ。使い魔が悪いぞ、せーちゃん」
タケダくんとソーダくんとせーちゃんが当たり前のように言ってきたのに、どうしようと思ったよホントお前らは。姉上もちょっと呆れ顔になってるじゃねえか。
んで、そんなわたわたした俺たちを楽しそうに見ながらアキラさんは、言葉を続けた。
「わしも行くでな。ヒョウちゃんも行くそうじゃし、そんならこの婆も全力で行かねばなるまい?」
「お店大丈夫なんですか?」
「国王夫妻の援護に行くいうて、休業の札下げてきたわい。扉の前にお守りやらお賽銭やら山になってるらしいが、見に行くかえ?」
お店また休みかよ。いいのかねえ、と思ったんだけど……それよりその後のそれ、何だ。
「おさいせん?」
「王様と王妃様をお守りくださいますように、らしいぞえ? 留守番に残してきたコウジが、毎朝片付けに苦労しとるそうじゃ」
「カイルもジョウも、愛されておるなあ。うむうむ、さすが私の弟と妹だ」
あーあーあー、何となくわかった感じがする。のはいいんだが姉上、何でもかんでも自分の弟妹に繋げないでください。いやもう、地味に大変な姉上だなあ。カイルさんもミラノ殿下も、苦労したんだろうねえ。ほら、カイルさん苦笑してるじゃねえか。
……それはともかく。
喧嘩ふっかけたわけだし、頑張らないとな、うん。




