288.鼓舞
ふと、怪我人たちをかき分けてやってくる人たちに気がついた。身体のあちこちに包帯巻きつけてるけど、自力で歩けてる分にはまだ軽傷なんだろうな、と思う。
「王妃様」
「あ……スウセイさん、ミキオさん」
俺の前に立ったのは、2人。ランドさんと3人、いつも一緒にいたスウセイさんとミキオさんだ。パワー担当というかぶっちゃけ脳筋……なんていうと、今となってはランドさんに悪いかなと思う。
「……その、ランドさんのことは」
「言わんでください、王妃様」
一緒にいた仲間の名前を出したところで、スウセイさんに止められた。2人ともいつものようににかっと笑ってて、でも何というか、目がすごくしっかりしてる。
「あいつが吹っ飛んじまったのは、王妃様のせいじゃねえっす。黒帝国のせいでさあ」
「王様や王妃様放ったらかしにしてさっさと太陽神様のとこ行っちまったランドのためにも、黒帝国は必ず潰しますぜ。王妃様」
スウセイさんも、そしてミキオさんも俺のことしっかり見て、それからそう言ってくれた。
ああ、そうだ。こっちの世界だと、死んだ人は太陽神さんのところに行って、それで世界を見てくれてるんだっけ。それなら、俺もしっかりしないとな。
でも、スウセイさんの言葉が続いたんだけど。
「何なら、今からでも戦に出ますぜ?」
「それは駄目です」
マジで武器ひっつかんで飛び出しそうな勢いのスウセイさんに、慌てて声を上げて止めた。いや、冗談でもシャレにならないよ、そういう話。
ぐるりと周囲を見回すと、他にも割と軽傷の人たちがこっちガン見してる。何というか、やる気なのは分かるよ。分かるし、嬉しい。やる気なくなってないのが分かるから。でもさ。
「戦にはもちろん行きます。でもそれはちゃんと傷を治して、なるたけ万全の態勢で行かないと駄目です。だって向こうには、黒に染まったとはいえちゃんと訓練した、コーリマの兵士だってたくさんいるんですから」
「そ、そりゃそうですが。でも、前に行った時は勝ったじゃねえですか」
前って、あーあれな。でも、多分前よりも強くと言うか数とか増えてるはずだし。
と、ここまでじっと黙ってたラセンさんが、口を挟んできた。
「そうですね。こう言っては何なんですが……コーリマの兵士は、セージュ殿下のもとで鍛えられた者たちです。とてつもなく、強敵ですね」
「ラセンさん?」
はて、何でそこまでぶっちゃける必要があるんだろ。いや、皆知ってると思うけどさ。うちの人たちには、元コーリマの人たちも多いんだし。
でも、ラセンさんはにっこり笑って見せて、それから言葉を続ける。
「ですが、あなたがたもまた強い。それに、私どもには王たるカイル様、そしてその妃にして白の魔女たる、ジョウ様がおられます」
「無論この私、カサイ一族の当主たるラセンもおりますが」って、自分のことをまるで付け足しみたいにくっつけながらラセンさんは、俺の肩を軽く抱く。彼女もカンダくんとは長いからか、俺の肩の上にいるタケダくんやソーダくんには触れないように器用に。
んでもって、俺の方をちらりと見た目が、何かすごく真剣だった。というか、怖いというか。……何となく、逆らわないほうがいいんだろうな、と思う。
「それで、このシロガネ国が負けるはずはありません。そうですよね? 王妃殿下」
「……黒帝国との戦には俺も、カイルさんも行きます。だから、それまでに怪我を治してください」
だから、ラセンさんの話には乗っかっておいた。カイルさんと俺が黒帝国との戦いに行くのはまあ、ほぼ決定事項だもんな。コーリマの王都にはミラノ殿下が待ってるし、シオンは俺殺りたいだろうしさ。
「おお!」
しかし、怪我人ばっかなのにみんな元気だな。はは、これなら回復も早そうだ。
扉を閉めて、自分の部屋に戻る。その道すがら、俺はラセンさんの顔をちらりと見てみた。
「ラセンさん。目的、さっきのあれでしょ」
「ええ、もちろん」
笑顔のままで、彼女は平然と頷く。その肩の上で、カンダくんが何かすっげー済まなそうな顔してペコンと頭を下げたのが分かる。
「皆にやる気を出していただかないと、勝てる戦も勝てませんもの」
「そのための俺、ですか……いやまあ、確かにそうだけど」
怪我してるシロガネの兵士たちを鼓舞するために俺を連れてって、そういうことを言ったり言わせたりしたわけなんだよね。つまり、今後もやる気を出させるために。
この後の戦争に、あの人たちを駆り出すために。
でも、それはやめろと言ってやめられるものじゃない。このまま黒帝国とシオンをほっておくわけにもいかないし、だったら結局は戦争するしかなくて。
なら、俺も腹をくくるさ。
「つか、俺自身も頑張らないと駄目ですよね」
「期待しておりますわよ、王妃殿下」
ほんとに平気な顔して答えるんだよなあ、ラセンさん。でも、そういう人だから魔術師一族のトップ、とかやれるんだろうけど。
大規模な戦争に、自分の知り合いとかお弟子さんとか、引っ張り出すことになるんだろうし。
『えっと。ままががんばれっていったら、みんながんばるの?』
『そういうことですね。じょうさまは、とてもにんきがおありですから』
『そっかあ、まま、にんきあるんだー』
「しゃあしゃあ」
「あら。そうねえ、ジョウさんは人気あるわよねえ」
あくまでも空気読まない伝書蛇たちが、ものすごーく癒しになるな。うん。
ムラクモ、今更だけどお前の気持ち、よく分かった。




