285.姉の気持ち
ひとしきり泣いたら、何か落ち着いた。はー、やっぱいろいろ溜め込んでたのかもな。自覚ねえけど。
「ジョウ、お茶のお代わりだ。飲んでおけ」
「ありがとうございます。いただきます」
姉上が手ずから淹れてくれたお代わりのお茶を、一気に飲み干した。あー、さっぱりしてて美味い。喉も乾いてたのかねえ、俺。
カップを置いたらコン、と音がした。いや、いつもはあんまり音立てないように気をつけてるんだけどな。けど、それ聞いたせいか姉上が苦笑を浮かべた。そして、ゆっくり口を開く。
「まあ、戦は今後も続くから致し方ないが、何。これからは私も力になる。案ずるな」
「いいんですか?」
「そなたやカイルよりは、よほど大人数での戦に慣れておる。こういうのは、経験者が実際の指揮を執る方が良いのだ。私やシノーヨの司令官などを使え、そなたらの配下なのだから」
「え、配下って」
「ん?」
思わず声に出した言葉に、姉上が不思議そうに反応した。いやだって、お姉さんが弟の部下になるのって、いやえーと。
姉上はほんの一瞬だけ首を傾げて、でもすぐに「……ああ」と気づいてくれたみたいだ。
「よもやそなた、姉が弟の配下になるのはおかしいとか、そういう思考か?」
「は、はい……えーと、変だったらごめんなさい」
「ふむ。そういった考え方も、あっておかしくはないな」
俺の答えに、姉上はなるほどと言った感じで頷いた。それから軽く椅子に座り直し、俺をまっすぐに見る。
「まあこの場合、カイルは私の弟である前にシロガネの王、だからな。王でない私が、王の下に収まるのは当然なのだ」
「そういうもの、なんですか」
「ああ。もともと私は、コーリマが存続してミラノが即位していれば、その下で軍を率いるつもりだったしな。いずれにしろ、弟は弟だ」
ああまあ、確かにそうなのか。そもそもこの人、自分が王様になる気まるでなかったっつー話だったしな。でもそっか、それだとミラノ殿下の部下としてやってるはず、だったのか。
……嫁に行く気もなかったわけだな、この人。逆に婿取りそうだけど。
「それにな」
自分の分のお茶を淹れ直して姉上は、一口飲んだ。それから、ちらっと扉の方に視線を向ける。ちょっと隙間が開いていて、その向こうにはイカヅチさんが立っていた。
「ムラクモが怪我をして、しばらく戦には出られんのだろう? 妹の負傷の仇をとりたい、とあれが言っておってな」
「イカヅチさんが?」
そうなんだ。
イカヅチさん、妹のムラクモの代わりに戦いたいのか。
「そなたらの護衛に、イカヅチを付ける。あれは一度黒に染まった身故、次にやらかしたら切り捨てて構わぬ。本人も、その覚悟はできておる」
姉上の言葉に、扉の向こうのイカヅチさんが小さく頭を下げたのが分かった。あ、ありゃマジだな。
というか、そのくらいの覚悟できてないと、忍びってのは……できないよな、うん。イカヅチさんには前、あーいうことされかけたわけで。
「あと、可愛い妹に何ぞあったら私が捨て置かぬからの」
シリアスなこと考えてる時にそれかい、オウイン・セージュ姉上。お茶口に含んでたら、確実に吹き出してたぞ。あんたの顔に。
「そこですか」
「うむ、姉としては当然だ」
いやどうだろう、そう当たり前のように頷かれてもなあ。姉いた経験ないから知らねえし、とさすがに反論はとてもできないけどな。
「それから、これは姉だの妹だのは関係ない話だが」
こほん、と咳払いをして姉上は、微妙に話の方向性を変えた。ついでに耳がちょっと赤くなってるのは、照れてるのかもしかして。
「そなたは、『白の魔女』として世に知られた存在だ。特に、黒帝国にしてみればまず首を取りたい相手であろう」
「……確実に、シオンは狙ってくるでしょうね」
けど、言われたことには同意した。いやもう、確実にと言うかガチで狙ってくるよな、あいつ。こっちも負けるわけには行かないけど、それはあっちもそうなんだし。
「であるからして、全力でそなたを守るは太陽神様を信ずるものとして、当然のことなのだ。タケダくんもソーダくんも、ジョウを守らねばの」
『うん! ままはぼくがまもるー』
『じょうさまは、わたしがおまもりします!』
姉上に話を振られて、慌てて2匹がこっち見る。話し聞いてたかどうかはともかくさ、必死にお菓子食ってたお前ら、ぱたぱた翼広げてもあんまり説得力ないぞ。
いや、いざというときはタケダくんもソーダくんも頑張ってくれる、と信じてるけどな。




