283.ひとやすみ
「はー……」
アオイさんに、とっとと宿舎に連れ帰られたうえ自室に放り込まれた。一応ローブだけ脱いで、ベッドに腰掛ける。何か、どっと疲れた。
『まま、だいじょうぶ?』
「……んー、何だろ。しんどい、というか気持ち悪い」
タケダくんに見上げられて、言葉にして分かった。俺、えっぐい戦場見て気持ち悪くなってたんだ。うっかり戻したり取り乱したりしなかっただけ、マシっちゃマシ? ああいや、現実逃避してたのかもしれないけど。
『じょうさま。おみずかおちゃをのんで、おやすみになられたほうがよろしいかと』
「そう、しよっか」
ソーダくんが、おずおずと言ってきたのになるほど、と思った。何てーか、腹減ってるはずなんだけど飯食う気にならないし。でもお茶くらいは飲んでおきたいかな、なんて思ったから。
と、伝書蛇たちが同時に扉の方に目を向けた。
『まま、せーじゅおねーちゃん』
『いかづちさまも、いらっしゃってます』
「そか」
この2匹……伝書蛇が全般的にそうなのかはちょっと分からないんだけど、少なくともタケダくんとソーダくんは結構敏感になってきてくれてるから、助かる。王姫様とイカヅチさんなら、来ても問題ないな。
で、すぐに扉がノックされた。
「ジョウ、いるか?」
「あ、はい。ちょっと待ってください」
慌ててローブを着直して、それから扉を開ける。目の前には、鎧の下に着る感じのシンプルなドレス着たセージュ殿下と、それからその後ろに黒メインで割とぴったり目の衣装着たイカヅチさんがいた。
「いらっしゃい。セージュ殿下、イカヅチさん」
「うむ。お疲れのところ悪いが、少々失礼するぞ。イカヅチはそこにおれ、女の部屋だ」
「は。こちらに控えております」
イカヅチさん、入らないんかい! ま、まあ確かに、王姫様の言う通り女の部屋だけどさ。
んで、王姫様はすたすた入ってきて扉を、ちょっとだけ隙間残して閉めた。一応、イカヅチさんに警戒してもらうみたいだな。窓から飛び込んできたりしたら、面倒だし。
で、部屋に1つだけある椅子を王姫様に勧めて、俺は再びベッドに腰掛けた。ところで王姫様、何でマジマジと俺ガン見してますかね。あ、腕組んだ。
「……この際だからはっきり言っておくがな、ジョウ」
「は、はい」
なーんか微妙に怒ったような声で、王姫様は。
「殿下ではなく、姉上と呼んで欲しい」
全力で、今の空気にはそぐわないような台詞をぶっちゃけた。
「え、そっちですか?」
「間違ってはおるまい? そなたは我が弟カイルと結婚し、その妻になったのだから」
俺が変なツッコミ入れたの、おかしくねえよな? つか、いや確かにそうだけど、それ今言うことか?
「弟の妻なのだから、私にとっては妹だ。つまり、そなたにとって私は姉だ」
「……はあ」
ああうん、確かにそれはそうなんだけど。でもえーと……いや、いいのか。
そういえば、カイルさんも最初は王姫様のこと殿下、って呼んでたけど、そのうち姉上、になったなあなんてことを思い出す。あれ、何がきっかけだったっけ……まあ、いっか。
というか、彼女には何となく、逆らってもしょうがない気がした。実際、義理の姉になるわけだしな。つか、何あの期待に満ちた視線。そうか、そんなに呼ばれたいのか姉上て。
何か、いっぺん言ってあげたほうが良い気がした。うん。
「……あ、姉上……で、いいですか?」
「うむ」
何だその満足気な笑顔。ほんわかしまくってるというか、何というか。
ん、扉の向こうから同じ気配がする気がして、視線だけちらりとそっち向ける。あ、イカヅチさんがやっぱりほんわかしてた。さすがムラクモのお兄さんだ、こういう時は同じ顔してやがるなあ。
「さて。まあ、そんなことを言いに来たわけではないのだが」
「はあ」
違うのかよ、と即座にツッコミ入れなかった俺、偉い。しかしそうすると、本題は他にあるんだよねえ。何だろ。
「カイルから、話は聞いた。見たところ顔色も良くないようだし、気分がすぐれないのではないか?」
「……そう、ですね」
そこか。
多分カイルさん、王姫様……えーと姉上? に今日の戦の話、したんだろう。つか、俺顔色悪いのか。しまった、鏡見た時そこまで気にしてなかったや。
「ざっとした話は聞き及んでおるが、確かにあまり気の良くない話ではあるな。戦に慣れておらぬそなたにしてみれば、余計にそうであろう」
「済みません……」
……王姫様というか姉上は、戦の時に自分から先頭に立って敵をずんばらりんとかやらかす人だった。俺なんかよりずっと、戦場には慣れてる。
それで、あんまり経験のない俺がべこヘコみしてるなんて感じで話聞いて、それで来てくれたのか。うわあ。
んで、そんなこと俺が考えている間に、王姫様ってか姉上が扉の向こう、イカヅチさんに声をかけた。
「よし。イカヅチ、茶と茶菓子を持て。伝書蛇の分も、忘れてはならんぞ」
「は、少々お待ちください。すぐに準備いたします」
「え」
お茶と、お茶菓子。しかも伝書蛇の分、までっすか。タケダくんとソーダくん、そわそわし始めたぞ、おい。
『あれ? ぼくたちのぶんも、おちゃくるの?』
『そうみたいですね』
王姫様つーか姉上は、伝書蛇たちの言葉は分からないはずだ。だけど、2匹のそわそわした態度に感じることがあったのか、小さい頭を手を伸ばしてなでてくれた。
「この子たちは、ずっとジョウについてくれているのだ。このくらい、私におごらせろ」
「済みません。ありがとうございます」
『せーじゅおねーちゃん、ありがとー』
『ありがとうございます、せーじゅさま』
ぺこぺこと頭を下げる2匹に、何となく顔が緩んだ気がする。あー、参ったなあ。顔、引きつってたみたいだ。まあ、引きつるけどな。あんなん、見た後だし。
「一緒に茶を飲もう。それで、私にぶちまけるが良い」
そんな俺に王姫様もとい姉上は、そう言って笑ってくれた。




