281.戦は終われど
結局。
あの爆発で司令官が重傷を負ってしまい、それ見た魔術師やら後ろの方の兵士がビビッて逃げ出したことで戦闘はなし崩しに終了、となった。
前の方、歩兵や騎兵もパニクってしまい、逃げ出そうとして馬が味方踏んだりしてえらいことになってたわけなんだけど。
で。
やっぱりというか、ムラクモたちも爆発に巻き込まれていた。担架に載せられて運ばれてきたムラクモはズタボロで、それでも何とか息はしてた。……身体のあちこちに、赤黒い何かがこびりついてるのは、もしかして。
「ムラクモ……」
「だいじょうぶ、だ。生きてる」
『むらくもおねーちゃん!』
『むらくもさま!』
俺の微かな声がちゃんと聞こえたみたいで、ムラクモは俺の方見て笑ってくれた。半泣きどころじゃなく全泣きしてるタケダくんと、ものすごーく心配な声を上げたソーダくんにも彼女は、軽く手を振った。
でも、彼女の笑顔はすぐに消えた。そうしてしんどいみたいに目を閉じて、ぼそぼそと言葉を落とす。
「ただ、ランドが私をかばって、な。光の盾も、耐え切れなかったようだ」
「……そっか。分かった」
小さく頷いて、ムラクモをそのまま街の中に運んでもらう。ランドさん、そっか。ムラクモにくっついてるの、そっか。言葉に、したくねえな。
一度ぐっと息を呑んで、それから次に向かう。担架がもう1つ、やってきてるんだ。赤い髪が見えたから、グレンさんだってすぐに分かる。
「グレンさん!」
「おー。殿下のお迎え、ありがたいねえ」
軽い口調なんだけど、担架の上からは起き上がれないみたいでひょい、と左手だけ上げてきた。というより、左手しか上げられない。
グレンさんの右手、肘のあたりからちぎれてた。布でぐるぐる巻きにしてあるんだけど、その布にいっぱい血がにじんでる。
「んな顔すんじゃねえよ。あの状況でこれで済んだんだから」
「え、でも」
「コクヨウみてえに片目使えねえやつもいるんだ、こういう奴がいてもいいだろ」
いや、何でそこでそんな風に明るく言えるのかな、この人は。でも……ランドさんのことを考えたら、生きててくれてよかった、のかな。多分、他にも死んだ人とか、あちこち怪我した人とか、いっぱいいるのに。
「タクトも無事だ。俺は……仕事に戻るのは、遅くなる。済まねえ」
「謝らないでください。というか、戻るつもりなんですか」
ということは、この人タクトかばったな。ランドさんが、ムラクモかばったみたいに。それで、腕1本で済んだのなら……いやいや、そうじゃなくて。
「腕1本ありゃ、剣は振れる。慣れるのに、時間かかるかもしれねえが」
「……無理しないでくださいよ。確かに、迫力ありそうですけど」
「だなあ」
何とかかんとか、冗談っぽい台詞を返したところでグレンさんは、目を細めて笑ってきた。ああもう、何でどいつもこいつも、自分が痛いはずなのに笑ってくれるんだよ。くそう。
タクトだけは、自分の足で戻ってきた。ムラクモよりはちょっと少ないけど、やっぱり赤黒い何かが服とか、顔にもくっついてる。俺に気がついて、慌てて顔をごしごし拭いた。
「グレンさんから、ちゃんと報告しろって言われました」
「……そだな。お前、怪我あんまりないみたいだし」
「はい」
うわあ、めっちゃヘコんでるのが分かる。きっと……グレンさんの腕、目の前で見たか何かだな。
あー、何か変なとこ麻痺してきた。戦ばっかやってると、こんな感じになっちまうのかな。
そりゃともかく、タクトの報告を聞こう。俺で良ければ。
「……あの。司令官と一緒に、女の人たちいましたよね」
「ああ、いたな。というか、それが目印だったし」
タケダくんの報告を受けてムラクモが見つけたのが、『両脇に女侍らせてる薄汚い親父』だったもんな。そういえば、あの女の人たちどうしたんだろう?
その答えを、タクトがずばりと言ってくれたんだけど。
「その女の人たち、僕たちが接近していったのに気が付くと司令官から離れて、それで手をつないで笑ったんです。次の瞬間、彼女たちが爆発、して」
「は?」
ちょ、おま、何それ。つかえーと、えー?
「僕はグレンさんに腕引っ張られて、それでわけわかんなくなって。気がついたらグレンさん、俺の上でぐったりしてて、その時にはもう腕が」
『たくとおにーちゃん!』
何かまくし立てそうになったタクトの言葉を止めたのは、タケダくんのしゃあという息を吐く音だった。ああうん、報告っつってもこれじゃあ、なあ。
つか、シオン一体何やらかしてやがんだ。曲がりなりにも自分とこの国民だろうが、くそったれが。




