270.黒の動きと握った手
宿舎の地下、そこそこ広い部屋というか牢屋に、襲ってきた女の子たちは一緒くたに放り込まれている。野郎どもは別だし、首謀者の髭親父は一番奥にある外に声が漏れない部屋にムラクモと一緒だ。多分、首謀者その2のえろいお姉さんもそこら辺。
一応、こっちの全員ひっぱたいて黒の気は払っておいたんで、ひとりずつ話を聞くことにする。心配症のアオイさんも、一緒に。
最初の2、3人はほとんど何も話してくれなかったんだけど、その後のちょっと年上っぽいお姉さんがおずおずと、口を開いてくれた。
「買い物してたら、あのおじさんに『年末の守りを強くするために、神殿でお祈りしないか』って言われたんです」
「年末って、黒の力が強くなるから?」
「はい」
うかつだよなあ、とは思う。確かにこっちだと、年末のあれは当たり前の行事みたいなもんなんだけど、でもさあ。話しかけてきたの、あの髭親父だろ。
そう思ってたら、お姉さんが言葉を続けた。
「一緒にいた女の人が神官さんみたいだったんで、信用してついてったんです。そしたら……」
「……えーと、何か妙に色っぽい感じの人?」
「はい、そうでした。神官のお衣装を着てたのに、胸元広げていましたし」
あー。あのエロ姉ちゃん、彼女たちの時は神官に化けて勧誘してたわけか。で、そのあと……って考えかけたところで、お姉さんが涙ぼろぼろこぼし始めた。う、これヤバい。
「最初は怖いし、痛いし、何でそんなことになっちゃったのか分かんなかったんですけど、その……だんだん、気持ちよくなってきて、すごくてすごくて、何も考えられなくなっちゃってっ」
「ああ、うん、うん、もういい、もういいから」
マジやべえ、年齢制限自主規制なとこ思い出したぞこの姉ちゃん。というか、やっぱりやってやがったかあの髭親父め。元男の現在女としても、許すまじ。
「それで、ひっく、おじさんの言う通りにあなたたちをやっつけたらもっと、っ、もっとしてくれる、って言われて、もう夢中でっ」
「……」
ちらりとアオイさんに視線だけ向けると、分かりやすく青筋を立てている。いやうん、俺も同じ気持ちだから。
こういう時くらい、権力振りかざしても文句は言われないよな?
「アオイさん」
「は」
「ムラクモに、潰す許可出しちゃってください。落としても可、と」
「分かりました。すぐに伝えます」
何を、とかどこを、とか言わないけど、アオイさんもムラクモもこれで分かってくれるはずだ。実際、アオイさんは即座に頭を下げてさっさか出て行ったからな。
ま、死なないだけマシだろうとか死んだほうがマシだろうとか、ちょっとばかしエグい考えになってしまったのは仕方ないよな。うん。
さて。
他の女の子たちも、話をしてくれた人は大体同じような話だった。中には、前に話に出た娼館で仕事を無理やりさせられた子もいる。ハナビさんとかみたいに自分で選んでやってるならともかく、無理矢理はないわ。
そして、困った。正直、どうしていいか分かんねえ。
「……済みません。王妃様ともあろうお方に、とんでもないお話を聞かせてしまいました……」
最後に話を聞いた子を元の部屋まで送る時に、そんなことを言われた。いや、とんでもないのは事実なんだけどね。でも、それじゃなくて。
念のため、ラセンさんに身体をスキャンしてもらわないといけないのは、確実なんだ。だけど、それを今ここで空気読まずに言い渡すってのもなあ。
「気にしなくていいよ。こっちも、話を聞かせてもらわないと対処の仕様がないからね」
「ですが……」
他の子たちも、何となく間合いを詰めてこないっていうか。まあ、うん、変に地位があるってのも問題なんだろうな、この場合。
けど、俺ももしかしたらこんなことになっていたかもしれないんだ。そうなってないのは、単に運が良かっただけの話で。
俺は、この子たちにどうしてやればいいんだろう。
『じょうさま』
誰に聞きゃいいんだ、っていう疑問の答えをくれたのは、こっそりと懐から出てきたソーダくんだった。その後ろからちょこんと、タケダくんも心配そうに俺の顔を見上げている。
『そばにいて、てをにぎるだけでいいとおもいますよ。わたしができればいいのですが、なにしろわたしたちにはてはございませんので』
『ままのおてて、あったかいから。だいじょぶだとおもうよ』
「……うん」
そっか。それだけで、いいのかな。
……多分さ、ソーダくんに手があれば真っ先にやってたんだろう。それができないから、俺に頼んだんだ。タケダくんは単純に、初めて乗っかった手が俺の手だったから、かもしれないけど。
「大変、だったな」
そっと、一番近くにいる子の手を握る。それから、他の子たちも軽く手招きして、ゆっくりとひとりずつ、握ってった。これで、ちょっとは気が楽になるかな。
俺には、まだよく分からないや。




