261.守りの牙
しばらくして、落ち着いたんでカイルさんから離れる。ほらそこ、残念そうな顔をするんじゃねえ。まったく、あんたのせいだぞ。
……で、落ち着いたところでふと思った。この人、昼間顔見なかったんだよな。だから今、俺は報告に来てるんだけど。
「そういえばカイルさん、昼間どちら行かれてたんですか?」
「ん? ああ、マヒト工房にな」
んなわけで尋ねてみると、聞き覚えのある名前が出た。今も俺がお守りとして持っている、短剣を作った人の工房だ。タケダくん、ていうか白蛇拝んでたんだよね。
つか、要するに武器屋さん行ってたわけだから、そうするとそういう用事か。
「あー。何か武器新調するんですか」
『そうなんじゃ。やっと、ワシの牙が1本抜けてのー』
「きば?」
みょん、と長い身体伸ばして割り込んできたせーちゃんの台詞に、恐らく俺は目が丸くなったことだと思う。つか、神の使い魔の牙かいな。
「せーちゃんは神の使い魔だからね。彼の牙を使って作った武器ならば、その力をもっと使いやすくなるだろうってことらしいよ」
「なるほど」
あ、ゲームとかでたまにあるベタな話だった。まあ、俺からしてみたらゲームみたいなところのある世界、だもんなあ。現実だけどさ。
軽く肩をすくめてカイルさんに目を戻すと、彼は苦笑を浮かべていた。小さく首を振って、話を続ける。
「とはいえ、こちらの都合で牙抜いてくれなんて言えないからね。自然に抜けるのを待ってたんだ」
「抜けるんですか」
『ワシみたいなタイプの牙ってな、ある程度使い古すと抜けるんじゃよ。牙も新調せんといかんからね』
はあ。まあ、確かに使い魔が歯を磨くとかそういうのって、聞いたことないもんなあ。タケダくんやソーダくんも、そのうち抜けて生え変わったりするんだろうか。
『あ、ちなみに本来の大きさになって抜いたから安心せえ。このサイズじゃと小さすぎて、矢じりにもならんじゃろ』
「そういうところは細かいですね」
せーちゃん……いや、確かにそうだけど。長さ50センチの龍の口に生えてる牙なんて、ほんとミリ単位とかだし。もともとの大きさで抜ければそりゃ、カイルさんの武器にもなるよねえ。
「それで、抜けた牙持ってマヒトさんとこにお願いしてきたんですか」
「ああ。そうそう、余裕があれば君の分もどうにかできないか、と頼んできたからね」
「俺の分すか?」
カイルさんは、にこにこ笑いながらそんな風に言ってくる。って、俺にまた武器とか持たせてもあんまり役に立たないだろうが。はて。
と、俺の両肩に戻ってきた伝書蛇たちが口を挟んできた。割と脳天気に。
『せーちゃん、まますきだもんねえ』
『そうですね。それに、せいりゅうさまのおちからがやどったぶきをいただければ、じょうさまのあんぜんもさらにたかまるというものです』
はあ、そういうもんかね? 首かしげると、せーちゃんがこのサイズだと小さくて可愛い前足をちょいちょいと横に振ってくる。
『いやいや。主は単に、夫婦でお揃いのものがほしいだけじゃとワシは見ておるんじゃが』
「……」
はい。今目の前で残念イケメン国王陛下の顔が、それこそ首筋から耳まで真っ赤になりやがりましたよ。人間の顔って、こんなに赤くなるんだなあとついつい冷静に観察したけど俺、おかしくないよね?
「カイルさん……もしかしなくても、せーちゃんの言ってることが正解ですか」
「あ、ああ……何で分かるんだ、お前は……」
一応確認してみると、カイルさんは自分の手で顔を隠しつつ頷いた。マジすか。セリフの後半はせーちゃんにだよね、と思って視線をそっちに移す。ちっこい龍はにやにやしながら、大きく全身使って頷いてみせやがった。
『そりゃもちろん、ワシは主の使い魔じゃし?』
「だからといって、言う必要はないだろうが。ジョウにはお前の声が聴こえるんだから」
『お主ら、夫婦揃って変なところで鈍感じゃからの。はっきり言うとかんと分からんじゃろうが』
「俺も込みですかっ」
夫婦揃って、ということは俺も鈍感だと言われたわけだよな。カイルさんよりは鈍くない自信はあるんだけどなあ、自分だけなのかな。
『というか、ワシとしてもお嬢ちゃんの守りも欲しかったしなあ。タケダくんもソーダくんも、実力があるとはいえまだまだ幼いからの』
『そうだねー。ぼくもまだまだ、おべんきょうしないとだめだもん』
『たけだくんでまだまだなのでしたら、わたしなどとてもとても』
……俺の守り、か。タケダくんもソーダくんもせーちゃんも、何というかありがたいなあ。
あ、もちろん、目の前でまだ顔中真っ赤な国王陛下もだぞ?




