255.お風呂で遊ばない
「ところでさ」
身体を洗い終わってもういっぺん、のんびりと湯に浸かりながらハナビさんが尋ねてきた。
「王妃様がさあ、こんなふつーに風呂屋で風呂入ってていいのかい? いや、下々の者がとかいう意味じゃなくて」
「相変わらず、傭兵部隊の宿舎に住んでますから。お風呂はこっち来ないとないんで」
そりゃあさ、立場こそ国王とか王妃とかなったけど、別にいきなりお城がどんとできるわけでもないんだよね。よって、お風呂に入りたいときはこうやって『ユズ湯』までへろへろとやってくるのが当然というか。
あ、アオイさんが一緒に来てるのは一応、護衛いなけりゃ駄目だろってことで。で、そのアオイさんが言葉をかぶせてきた。
「それに、国王陛下があの方で王妃殿下がこの方だろう? 変に生活変えると、腹でも下されるんじゃないかと心配で心配で」
「俺たち、どういう扱いなんですかアオイさん……」
「もちろん、私が主と仰ぐ国王陛下と王妃殿下ですが」
いや、そうでかい胸張りながら言われても困る。つか、そうほいほい腹下したりはしない……と思うんだけどな、うん。
んでハナビさん、「あー」と納得するのやめてくれよもー。けど、それから俺と、桶の中でだらーんとしてる蛇2匹見て苦笑しながら答えてくれた。
「いやまあ、確かに人が即位したからって変わるものじゃないもんねえ。アオイはまあ、性格がこれだからしょうがないけどさ」
「そうなんですよねえ。もう、慣れるしかないかと思って」
「そのうち、王妃様って呼ばれる方が多くなるんだから慣れないと駄目だねえ。でもさ、コクヨウなんかは言葉遣いもそのままなんだろ?」
「はい。そのままでいいってお願いしたもんで」
「だねえ」
ハナビさんはアオイさんと仲良いのが不思議なくらい、こういうことには大雑把なんだよね。いや、お仕事の時はちゃんと言葉遣いとか考えるらしいんだけどさ。でもまあ、風呂の中ってプライベートだろうし、いっか。
「いや、あたしもあれだね、王妃様だからもっとかっちりした言葉遣いしないといけないんじゃないかって思ってたんだけどさ」
「俺の方ができないですから、その辺は心配しなくても」
「あはは、そういうところが可愛いんだよねえ王妃様はあ」
「わ」
いきなりむぎゅっとされた。いや、さすがに慣れてないとは言わないが生おっぱいはいくら何でも緊張しますって! あと、でかいし!
「こら、ハナビ! 王妃殿下に何をしている!」
「スキンシップー。伝書蛇さんたちも警戒してないだろ?」
『じょうさま、はなびさま、なかよしですねえ』
『ままー。あとでごはんたべたい』
「……少なくとも、のんびりしてはいるな……」
マジで警戒してねえよこいつら! というかそれ見て納得すんなアオイさん!
……というか、ハナビさん。何で、一緒に入ってるご同僚さんたちの方に目を向けていらっしゃるかなあ?
「ほら、あんたたちも遠巻きに見てないで挨拶しな。王妃様と裸のお付き合いできるなんて、シロガネ国でもなきゃできないよ」
「え、いいんですか?」
「王妃殿下を危険に晒したら、容赦はしない」
「もちろんですよう!」
「ハナビ姉さんのご友人でしかも王妃様ですもの、危ない目になんてとてもとても」
いやこら待て待て。まあ、確かにお風呂じゃ変な武器でもなきゃ持ち込めないだろうけど。つーか身体が資本のお仕事だから、すっぽんと隠すことなくやってくる皆々様の迫力がすごすぎて。
「お、お手柔らかにおねがいしますっ」
息も絶え絶えにそれだけ言うのが、精一杯だった。
『まま、だいじょぶ?』
「……なんとかー」
「あはは、ごめんごめん。湯船から上がればよかったねえ」
『じょうさま、しっかりなさってください!』
「すまん。ユズ殿、水をもらえるか」
「はいよ。ハナビちゃん、女同士とはいえ限界はあるからねえ?」
結局、さんざんかいぐられた俺が見事に湯あたりしてしまってしばらくひっくり返ってたのはまあ、他の人には内緒な。




