249.田舎のイベント
「おいおい、どうしたんだよ」
慌てたようにコクヨウさんが後ろから支えてくれて、何とか地べたに座り込むのは防げた。いやー、安心して腰抜けるってあるんだな、マジ。
「ジョウ?」
「あー、うん。何か気が抜けちゃって……済みません」
「まあ、気持ちは分かるが」
カイルさんが心配そうに見てくるのに、慌てて頭を下げる。ムラクモが小さくため息ついたところで、向こう側から声が聞こえた。
「ジョウ、も、いるのか?」
「いますよ。お邪魔していいですよね」
「え、は、はいどうぞっ」
王姫様に呼ばれたから、答えて安心させる。それから、ホウサクさんを押し込むように全員で小屋の中に入った。ごめんホウサクさん、ひとんちなのにな。
中はやっぱりワンルームで、台所は……小さいコンロみたいのが隅っこにあるな、あれか。多分トイレは別棟風呂はなし、といったところだろう。
で、そのワンルームに布団が敷いてあって、王姫様が上半身を起こしていた。シンプルなドレス……はちょっとぼろぼろで汚れてるけど、でもちゃんと王姫様だ。うん。
「セージュ殿下、お久しぶりです」
『せーじゅおねーちゃんだー』
『せーじゅさま、ごぶじでなによりですっ』
「タケダくん、ソーダくんも来てくれたのか」
俺の挨拶と同時に、伝書蛇が2匹すっ飛んでいった。王姫様の膝の上にちょこんと着地して、しゃーしゃーご挨拶をする。声は聞こえてないだろうけどまあ、態度で何言ってるかは分かるんじゃねえかな。ムラクモじゃなくても。
で、そのムラクモは伝書蛇たちを見送った次の瞬間、何故か俺をひょいと持ち上げた。いわゆる姫抱っこの態勢で、そのまますたすたと王姫様の横に歩み寄っていく。あのーもしもし?
「な、なあムラクモ。何でこうなってんだ?」
「……す、すまない。タケダくんとソーダくんについていかねばと思っただけで」
そう思っただけで、小柄な女の子に姫抱っこされて持っていかれる俺の身になって! 大柄なおっさんならまだ体格的にましなんだけど、なあ。あと、はっはっはとごまかし笑いするんじゃねえよ。
「姉上……良かった」
「セージュ殿下、よくぞご無事で」
「カイルもコクヨウも、ちょっと大げさすぎるぞ?」
さすがにそこら辺は王姫様も流してくれて、カイルさんとコクヨウさんの頭をそれぞれぽんぽんと叩いた。いや、大げさじゃないから。
「特にカイル、お前何でも王になったと言うではないか。亡国の生き残りなど気にしている場合ではなかろう?」
「そんな冷淡な王になるつもりは、俺はありません」
あ。
さすがカイルさん、きっぱり言ってのけた。まあ、王姫様の言いたいことも分からなくもない……自分があれなんだけどさ。
「殿下。カイル様は、そのようなお考えをできるお方ではありません」
「だから困るのよ、イカヅチ。王は家より何より、まず国を選ばなくてはならないのだから」
「それより何より、とりあえず寝てください姫様! まだまだ、お身体回復してないんですから!」
何かイカヅチさんまで混ざって発展しかけた王様についての議論は、ホウサクさんが至極当たり前のことを怒鳴って終わりになった。
なお、ダメ押しは王姫様の膝の上にいるタケダくんとソーダくんのうるうる見つめる瞳である。オウイン・セージュ、あんたもか。
さて。
こういう田舎って、娯楽がない。特にこっちなんて、テレビもラジオもインターネットもないからなあ。
そんなわけで、突然やってきた国王夫妻というのはまー何というか、見世物扱いなんである。いやまあ、珍しいもんが来たんだから確かにそうだろうけど。
……そういえば夫妻か。きっちり忘れてたけど。ごめんカイルさん、カイルさんがスメラギの苗字名乗ってるだけであんまり変化してねえわ、状況。
「ほほう、あれが新しいお国の王様と王妃様かね」
「お姫様の弟君じゃそうじゃ。良いお顔立ちをしておられるのう」
「王妃様はあの噂の、白いお使い様を連れておられる魔術師様か。太陽神様のご加護じゃのー」
……何か、遠巻きにお爺ちゃんお婆ちゃんに拝まれているカイルさんと俺である。なんかあると拝むのって、あっちもこっちも変わらないんだろうか。
ま、俺の場合はタケダくんがいるのがでかいんだろうけどね。
『おじーちゃーん、おばーちゃーん、わーい』
「おお、お使い様が上機嫌じゃあ」
「太陽神様にお頼み申しますじゃ。来年も、良い作物が取れますように」
あ、タケダくんが拝まれた。ソーダくんは『さすがたけだくんですね!』と素直に感心してる。
いや、確かに上機嫌なのは間違いないんだが。でも、ほんとに来年も豊作だといいな。
まあ、見られて迷惑なわけではないし、たまにはいいか。
ムラクモはイカヅチさんと情報交換中。コクヨウさんはなぜか、お爺ちゃんたちのお仕事を手伝うはめになっている。頑張れ力仕事。
で、俺は王姫様の付き添い。ホウサクさんがさっきの賊やっつけたお礼にってお野菜とかもらってきたようで、いろいろ仕分けしてるんだよね。その間頼まれてる。
そして、カイルさんは。
『主。姉君引き取るなら、馬車なり何なりいるじゃろ。手配できるのかや?』
「ああ、そうだな。ムラクモにでも走ってもらおうと思っているんだが」
何でかせーちゃんと話し込んでいた。ああ、王姫様ユウゼに連れ帰るつもりなんだっけ。確かにミリコじゃ、言っちゃ悪いけど怪我で寝込んでる人には環境がそのー、なあ。
『ムラクモ嬢ちゃんが行かんでも。文を書け、ワシが持っていくのが一番早いぞえ』
「それもそうか」
せーちゃんの言葉に頷いて、カイルさんは懐からペンと小さなインクの入った筆箱というか筒? みたいのを取り出した。インクは海綿に染み込ませてあるんで、ちょっとやそっとじゃこぼれないらしい。
筒の中から丸めた紙を取り出して、さらさらと手紙を書く。あー、俺もあれくらい達筆に書けるようになりたい。いや、練習はしてるよ練習は。でもな、まだまだ普通に読める、レベルでなあ。インク付けて書くペンって、ちょっと書き方難しいわ。
さらりと書き終えて、小さくたたむ。それを、カイルさんはせーちゃんに渡した。くわえるんじゃなくて手に持つのか、せーちゃんは。
「せーちゃん、これを急いでユウゼのアオイのところに」
『承知。任せおけ、ひとっ飛び行ってくるわい』
小さな青い龍はこくんと頷いて、そのままするすると空を泳ぐように出て行った。




