242.隣にいたい
「こんばんはあ……あ、お疲れ様です、カイルさん」
「ジョウか? ははは。このくらいで疲れてたら、国は背負えないよ」
夜遅く。タケダくんとソーダくんが寝たのを見計らって、恐る恐る隊長室を訪ねてみる。ノックして扉開けてみたら、カイルさんは資料見ながらお茶飲んでた。ああまあ、酒飲むよりよっぽどいいけどよ。
『別に1人で背負うわけでもなかろうに。お嬢ちゃん、差し入れかな?』
「あーはい、サブレなんですけど良かったら」
中に入ると、せーちゃんが目ざとく俺の手元にふわふわとやってきた。何もなしに来たら、やっぱり変だし。……いや、そもそも変だけどな。用もないのに、隊長の部屋に来るってのは。
「サブレか。ちょうどいい、休憩にしよう」
「そうしてください。お茶、淹れ直しますよ」
俺も飲みたいので、ポットごともらってきたんだよね。それを見せるとカイルさん、何かマジでホッとした顔してさ。うん、見たらカップのお茶、冷めてるし。うまいの飲めよ、仕事大変なんだから。
冷めたお茶をカイルさんが飲み干してくれたので、新しいお茶を注ぐ。その俺の肩にせーちゃんがひょいと乗っかって、ひそひそと話しかけてきた。
『お嬢ちゃん、覚悟決めたんじゃね?』
「……まあ、はい」
『そうか。己で決めたのなら、ワシは何も言わんよ』
「ありがとうございます。何か飲みます?」
『いやいや。お邪魔じゃろうから、外の警戒しておくわい』
神の使い魔の威厳はどこへやら。これが人間なら何となくエロジジイっぽいにひひという笑い声とともに、せーちゃんはふわりと浮き上がった。翼とかなくても飛べる、のは素直にすごいと思う。うん。
「どうぞ。俺が淹れたんじゃないから、美味しいはずですよ」
「ありがとう。今度は君に淹れてほしいな」
「勉強しときますね」
素でそういう台詞を吐けるくせに、鈍いところは鈍いのがこのイケメン王子隊長もうすぐ国王陛下、なんである。なので、こっちの話を分からせるにはもう、真正面から素直にぶちまけるしかないのであった。
せーちゃんにも言った通り、覚悟は決めている。お茶を飲んで、飲み込んで、それから俺は、顔を上げた。
「カイルさん」
「何だい?」
「……俺を、カイルさんの隣に置いてください。どういう立場でも、構いませんけど」
「……………………え?」
うん、その間は分かる。わりと唐突だったよね、と自分でも思うから。
でも、しばらくの間カイルさんはぽかんと俺を見つめて、それからやっと俺の言葉の意味理解できたのか、何かぱああと嬉しそうな顔になった。すげえ、ここまで表情で分かりやすかったんだ、この人。
「い、いいのかい?」
「考えて、決めたんです。いやまあ、実際問題カイルさんのことは嫌いじゃないし、というかシオンに取られかけて腹立ったのも事実ですし」
いいのかい、じゃねえよ。せーちゃんが席外してなかったら多分、何言うとんじゃって突っ込み入るところだぞ。
それに、言ってしまってからそうだよなあと俺自身思ったわけで。シオンに取られかけたあの時、ムカついたのは確かに本当のことだったから。ムカついたってことは取られたくないってことで。
ま、そういうことなんだろうね、俺。なんかね、半年以上も女やってくると、気付かないうちにいろいろ女になってきてるみたいだ。……カイルさんのお母さんが、かつてそうだったように。
そんでもって、ものすごーく嬉しい顔になってしまったカイルさんは、お茶ほったらかしで俺の手を握ってきた。
「嬉しいよ。君が俺の隣にいてくれるなら、俺は期待に応える以上に頑張れる」
「頑張ってもいいですけど、無茶しないでくださいよ?」
「うっ」
そこで俺のツッコミに言葉つまらせるのもどうかと思うぞ、王子様。つか、この人って俺とかムラクモとか白黒コンビとか、誰かブレーキ役が側にいないと絶対駄目だ。うん。
しょうがねえな、俺がブレーキかけてやるよ。もしくはアクセル。だめじゃん。
「……本当に、本当に良いんだね?」
「男に二言はないです。いや、身体女ですけど」
何か確認されたので、きっぱり言い放ってやる。いいよ、隣にいたいって言ったのは俺なんだから。だから、しっかりと頷いた。
「ありがとう、ジョウ」
そうしてカイルさんは、本気で満面の笑みを浮かべてみせた。ええいこの鈍感イケメン王様予定王子様、マジ笑顔はそうほいほい見せるんじゃねえぞ。俺ならともかく、そっち系な野郎にこんな顔見せたらマジヤバいからな。
……そのためにも俺、この人の横にいないと駄目だな。あと、タケダくんとソーダくんとせーちゃんと。




