240.未来の方向性
『兎の舞踊』を後にする。ちょっと離れたところでポケットを開けると、タケダくんとソーダくんが慌てたように飛び出してきた。まあ、ポケットの中って狭いもんな。
『ぷはー』
『じょうさま、ああいうおみせはわたしたちにはきびしいですね……』
「あちこちのお偉いさんも来る店だから、情報漏れ心配してるところあるからなー」
「ん?」
外の空気がうまい、とばかりに深呼吸する2匹。ソーダくんの言葉に、前に聞いた話を口にする。
と、コクヨウさんが不思議そうにこっち向いた。ああそうだ、聞こえないんだっけ。まあでも、大きく息してる2匹の姿見て何となく分かってくれたようだ。
「ああ、匂いきつかったか」
「そうですね。俺でもきついですし」
「まあ、慣れねえとあれはなー」
さすが常連、コクヨウさんは慣れてるらしい。まあ、ハナビさん目当てで通ってるもんなあ。慣れないとしょうがねえよな、うん。
しかし、お香の匂いとか化粧品とか、ある程度は俺も慣れないと駄目なんじゃねえかな。はー、参ったなあと思いつつ、歩き始めたコクヨウさんの後を追う。もうあれ以上の匂いする場所はないから、いいけどさ。
あれ、でもこっちの道って。
「神殿ですか?」
「おう。あっちにも一応、顔見せに行かねえとな。これからも世話になるわけだし」
「そっか、そうですね」
まー、ただでさえ相手が黒帝国だしなあ。俺も年末はお世話になったし、何てーか白の魔女らしいし。総本山から帰ってすぐ行ったけど、改めてご挨拶には行かないと駄目だね、うん。
「レッカさん、お仕事大丈夫かな」
「大丈夫だろ。そうでなくとも、若の即位には出てもらわねえといけねえし」
「そうなんですか?」
「ん? ……ああ、そうかお前さん知らないか」
即位て、王様になることだよね。何でそこにレッカさん出なくちゃいけないのか、ってまあそういうしきたりなんだろうけどさ。初耳だったし、つい疑問符付けてしまった。
コクヨウさんは、片方だけの目をちょっと細めながら教えてくれたよ。
「コーリマじゃな、新しい王が即位するときには太陽神教の神官に出て認めてもらうんだよ。太陽神様のお許しを得て、国を統率する立場に就きますって感じでな」
「なるほど。そっか、カイルさんも同じような感じでやるってことですね」
「多分な。シノーヨも、そこら辺は同じようなもんらしい。イコンは詳しくは知らねえが、多分黒の神で同じことやってたんじゃねえかな」
イコンの名前が出たところで、お互い難しい顔になった。いやだって、今はイコンはもうコーリマ・イコン黒帝国の一部になっちゃってるわけで。
「そうなると、黒帝国も……」
「だな」
うん、と頷いたコクヨウさんの表情は、ちょっと暗い。ミラノ殿下の事、思い出したからかな。
黒の神に認めてもらって、帝国の皇帝になったんだろうか、ミラノ殿下。いや、何となくだけど無理やり、そうなったんだと思う。そうさせられた、の方が合ってるか。
俺が触って、元に戻れれば良いんだけどな。……頑張らなきゃ。カイルさんのためにも。
そんなことを話してるうちに、しっかり神殿には到着した。夕方になりかけてるからか、お参りしてる人はあんまりいない。今の時間くらいになると、仕事終わらせたり晩飯づくりとかで忙しいんだよねえ。
「こんにちはー」
「あら、いらっしゃいまし」
「ちーす。今大丈夫か?」
そんな感じで割としーんとした神殿の中に、声かけながらお邪魔する。すぐに奥からぱたぱたと飛び出してきたレッカさんは、まあ普通に元気そうだった。
「大丈夫ですよ。ちょっと忙しかったんですが、総本山の方がこっち見てる場合じゃないくらい大変らしくて」
「まだ神官長決まってないんですか?」
「そうなんですよ。前の神官長様が全権握っていらしたもんで、後継げるような方がほとんど育ってないんです」
「うわー」
あー、総本山マジでえらいことになってそうだな。いや、ある意味俺とせーちゃんのせいだけど。でもさすがに、あれはなあ。
……神官長さん、まだ生きてるだろうか。確認しようないけどな。
「まあ、ユウゼのことは私が何とかいたしますのでご安心を。カイル様のご即位も、太陽神教を代表して執り行わせていただきますから」
中に通してくれてから、レッカさんは胸を張ってそう言ってくれた。ああ、やっぱりコーリマ式というかそういう感じでやるんだな。他にやり方知らないのかも知れないから、まあいいや。俺なんて初めてだしな、そんなの見るの。
「そりゃ助かります」
「いえいえ」
コクヨウさんが笑いながら軽く頭を下げると、レッカさんも同じように頭を下げた。この辺日本っぽいのが何というか、おかしいっつーか笑えるっつーか。名前の付け方も日本っぽいから、何か共通点あるのかね。その割に食事の時は箸じゃないけどさ。
「……ところで、差し出がましいとは思うのですが」
ふっと、レッカさんがこっちガン見してきた。何だろう、と考える間もなく。
「ご婚礼はなさいませんの?」
「ぶっ」
テーブルに突っ伏した俺、悪くないよな! 何でいきなりそんな話が出るんだよ、まったく。
カイルさんも考えなくていいとか言ってくれてるのにさー。
「やっぱ言われるよなー」
「あ、あら?」
でレッカさん、何であんたが戸惑ってるのか分からないんだが。コクヨウさんは苦笑してるの分かるけど。
「まだお付き合いすらしてませんよ、若と彼女」
「ええっ!?」
驚くな。事実そうなんだから、驚かれても困るよ。
『ままー、かいるおにーちゃんとおつきあいしてないの?』
『まあ、かいるさまとじょうさまですからね……』
「あのう、お使いたちは何を」
「あー、多分2人とも鈍感な上に進展がないんで呆れてるんだと思いますよ」
「あらら」
というか、傍から見たら俺とカイルさん、すっかりそういう風に見えるのか。マジかよ。
伝書蛇にまでそんなこと言われて俺、完全に周囲固められてませんかね。いや、実際のところ嫌なわけじゃないけどね。
……あれ?




