239.話は付けておきましょう
午後になって、俺はコクヨウさんと一緒にいくつかの店を回ることになった。えーとまあ、要は事情説明な。アオイさんやハクヨウさんたちも、あちこち手分けして回ってるらしい。
それで、コクヨウさんが一緒ってことでまず来たのは『兎の舞踊』だった。いや、まだお昼だからのんびりしたもんだけどな。
『まま、やっぱりだめー』
『じょ、じょうさま、もうしわけありませんっ』
「ソーダくんも駄目かあ」
伝書蛇2匹はやっぱり匂いが駄目のようで、さっさとポケットに潜り込んだ。よしよし、おとなしくしてろよ。
で、前に来た時と同じお座敷に通してもらって。
「領主様から、前もってお話は伺ってるわよ。一部の商人は渋い顔してる人もいるけど、基本的には合意は取れてるから安心なさいな」
お茶とチーズケーキ持って出てきたシンゴさんはそう言ってばっちん、と星飛びそうなウィンクをしてくれた。ああ、一応先に話はしてあるんだな領主さん。
あーところでシンゴさん、ウィンクと同時にぐっと拳握って力こぶ見せてくれたのは何でだ。合意取ったって力で取ったんじゃねえよな? いやいわゆる寝技でも問題だけど。
コクヨウさんはその辺りをスルーして、しれっと笑いやがった。さすが常連。
「そりゃ助かる。うちの若も覚悟決めてくれたみたいでな」
「そうなの。じゃあユウゼの街、シノーヨと一緒になるのねえ……あ、ケーキどうぞ。あんまり甘くないから、男の子でも美味しく食べられるわよ」
ふうん、という感じでシンゴさんが、頬に手を当てる。仕草は相変わらず、俺より女なんだよなあ。やれやれ……ああ、チーズケーキ頂きます。
「実質的にはユウゼがシノーヨに併合、ということになりそうなんだよな。そこら辺、後々大変かもしれねえが」
「あら、平気平気。シノーヨはユウゼと一緒で、こっちのお仕事には寛大だから。もちろん、コーリマでも余裕でお商売できるレベルで頑張ってるんだけどね」
確かにさっぱりした感じのケーキをもふもふ食いながらの2人の会話に、あれっと思った。いや、コーリマにも娼館はまあ一応あったと思うんだよね。表通りにはなかったみたいだけど。でも、寛大とかって?
「寛大、なんですか」
「ほら、身体を張ったお仕事でしょ。だからこまめにお医者様にかかるとか、お休みをちゃんとあげるとか、お店の中も綺麗にお掃除するとか、いろいろあんのよね」
説明されて、まあ納得した。そうか、娼館って考えてみりゃ究極の肉体労働だもんなあ。労働基準とかいろいろあるんだ……わあ現実的な話、いや現実だけど。
ん、てことはつまり、シノーヨはコーリマに比べてそこら辺ゆるゆるってことかよ。……まあ、今後どうなるかだな。
お茶のお代わりを淹れてくれたところで、シンゴさんが軽く話を変えた。
「そういえばお客さん、ここのところ北からはさっぱり来なくなったわねえ。多いのは船で渡ってきた人と、南の人ね」
「北はもう、よそで発散してる余裕はないだろうからなあ」
「そおねえ。あーやだやだ」
北はコーリマ。シオンの手に落ちた国じゃあ、多分魔力貯め込むために国内でせっせと励んでることだろう。確かに、外のこういうお店に来る余裕なんてないよなあ。
でも、シンゴさんの不満は微妙にずれた方向にあったようで。
「男と女の夜は気持ち良くなるためにあるものなのに、神様に魔力捧げなくちゃいけないから義務で腰振りなさいなんて冗談じゃないわあ」
また拳握って、今度は鼻息も荒くぶっちゃけた。ははは、どう反応して良いんだろ、俺。
「……そ、そういう話になってるんですか?」
「あら、違うの?」
「……多分違わないと思いますが」
「でしょお?」
はい、違いません。まあ、確かにそんな理由でやることやれなんてなあ。お店の人じゃなくても、冗談じゃねえよほんと。
「というわけでカイルちゃん……じゃなくてもうすぐ王様になるのか。ぜひ頑張ってね、アタシたちもできる範囲で応援しちゃうからってお伝え願えるかしら?」
「もちろんだ。助かるぜ、店主様」
「んふふ」
何でそういう結論になるのかはさておいて、ともかくシンゴさんは喜んで協力を約束してくれた。まあ確かに、ここがシオンの支配下に入ったらお仕事どころじゃないもんなあ。そういうことにしておこう。
「ああ、でもちょっと心配があるんだけど」
ほっと安心しかけたところで、びしりと立てられるシンゴさんの人差し指。なにげに、丁寧にネイルアート施されてるのすげえ。
「コーリマとイコンがくっついて何とかってお国になって、それで多分こっち攻めてくるんでしょ? ユウゼが戦場になるんじゃないかって、みんな気にしてるのよね」
「確かにな」
……だから、カイルさんはシノーヨとくっつくときの都にここより南のラモットを選んだ。確かにユウゼは、コーリマの目の前にある街だから戦争になったらまず危ないよな。
だから、スオウさんはちゃんと解決策を持ってきてくれたんだけど。それをコクヨウさんが、シンゴさんに伝える。
「シノーヨの部隊がもうちょっと北……ミリコ辺りかな、あのへんに拠点造るってよ。まずは仮設で部隊展開して、そっから急ぎで」
「あらあら。でも、その間は?」
「造ってる間は、街にも部隊が来てくれることになってる。ユウゼは港もあるし、街道も通ってる重要拠点だからな。うっかり攻め込まれるわけにはいかねえよ」
「そうよねー! あー、ちょっと安心したわ」
ぱん、と威勢のいい音を立てて手を打ったシンゴさん、満面の笑み。しっかりした部隊が来てくれて守ってくれるなら、大丈夫といったとこか。
俺も魔術師の端くれだし、頑張らないとな。うん。




