237.ふたりっきりで
「俺は、焦ってるんだろうな」
隊長室でお茶を飲みながら、カイルさんはぼそっと呟いた。
あの後、スオウさんにさんざっぱら叩き潰されてなー。へとへとになったのを、コクヨウさんが肩に担いで宿舎まで持って帰ってくれたわけよ。
そこまでは良かったんだが、傷の手当終わった後「若は頼んだ。じゃっ!」ってさわやかな笑顔で逃げ出しやがってあの野郎。おかげさんで何故か2人きりだよ何なんだよこの状況。
ああ、タケダくんとソーダくんはせーちゃんが遊んでくれてる。それでいいのか、神の使い魔。……良いんだろうな。何てーか、あいつらの茶々が入ったら真面目な話もできなくなるし。うん。
「兄上が黒の皇帝に祭り上げられて、姉上は行方不明。……まあ、焦るか」
「自分で分かってるんなら、まだましだと思いますよ」
そんなわけで、俺はカイルさんと差し向かいでお茶を飲みながらそう答える。お茶うけのクッキーはちゃんとあるから、まあ何とかなるだろう。何がだ。
カイルさんがスオウさんにがんがん向かってったの、やっぱり双子殿下のことがあるからなんだろうな。国王陛下が亡くなられたこともあるとは思うけど、あの2人は何だかんだでカイルさんとは仲良かったし。
「……しかし、こんなのが王になってもろくなことはないだろうな」
こんなの。ああ、自分のこと言ってんのか。いや、そうでもないとは思うけどな、俺。
「俺は、カイルさんが王様になったらついていきますよ?」
「え?」
あ、つい口に出たらしい。カイルさん、ぽかんと目を丸くしてこっち見てる。うんまあ、言ったものは引っ込められないしなあ。
「俺だけじゃないですよ。うちの部隊のみんなはついていきますし、領主様なんかもほいほい来そうですけどね」
「そうかな」
「ちっこい傭兵部隊とはいえ、そこのトップちゃんとやれてるんです。それに、シノーヨの大公殿下も推してくれてるんでしょ? 素質あるってことですよ」
「……そうかな」
おいイケメン王子、もうちょっと自信持て。あーもしかしてコクヨウさん、若頼むってこのヘコんでるのどうにかしろってことか。なんで俺が。
……おきさきこうほ、とか何とか言うあれかな。いやまあ、確かにカイルさん俺のことえらく構うし構うし構うし……俺の気持ちも考えろ、てめえら。
ま、ヘコまれてても困るしな。何とか、してやりたいし。それでふと、思い出したことを口にしてみた。
「前に俺、言いましたよね。一久さんのお墓参り、させてもらった時」
「え? ……ああ」
わざわざ俺とふたりきりになって、自分の母親が俺と同じ、元の世界では男だった女性だってのを教えてくれた、あの時。
「自分で国を造ればいい、母のような人が苦労しなくて済む国をって言われたっけな」
「はい」
一久さんは苦労して、国王陛下の奥さんになれないままカイルさんを産んで育てて。奥さんになれなかったのは、コーリマという国が『異邦人』を差別してたから、で。
俺も『異邦人』だからさ、差別受けるかもしれないわけよ。というか、白い目で見てきたやつとか実際いるもんね。けど、俺はそういう面倒事は嫌だし。
「チャンスじゃないですか。いやまあ、国造るのがそう簡単なことじゃないってくらいは分かってます。どれだけ難しいのかも分かんないんですけど」
そんなわけで、カイルさんをけしかける。カッコいいこと言っても、結局は自分のためなんだよね。でもカイルさんもお母さんが『異邦人』なせいで太陽神教の総本山じゃ扱い悪かったし、いいよな。
「でも、シノーヨの大公さんなんか言い出しっぺなんですし、全力で協力してくれると思いますよ。ラセンさんも、ユウゼの領主さんも」
1人じゃそりゃ無理だろうよ。国なんて、1人で造るもんじゃねえし。でも、言い出しっぺはシノーヨのショタジジイだし、カサイの当主だってそばにいるんだし。
だったらきっと、何とかやってけると思うんだ。楽観的すぎるかな、俺。
そう思ってふと口をつぐんだら、カイルさんは不思議そうにこっち見て、言ってきた。
「ジョウは、力を貸してくれないのかな?」
「俺でよけりゃ、いくらでも」
「……ありがとう」
んー。
いや、反射的に答えちまったのにカイルさん、すっげえ嬉しそうな顔した。ああもう、やべえなイケメンの笑顔って。俺、思わず自分の手で口元隠しちまったけど、これ何だよ。こんちくしょう。
「……その。お妃候補とかそういうのは、気にしないでいい。君にとっては……とても大変な選択だろうからな」
「………………はあ」
だから、このイケメン天然ボケ隊長はどうして人のことを優先するのかね。少しは強引に来てもいいだろが。
って、いやいやいや。強引に来られたらいいのか? 俺。
「まあ、その話はまた機会があれば、にしよう」
「は、はあ、すんません」
「謝らなくていいよ。早速だけどまずひとつ、力を借りたいんだ」
「へ?」
だあ、目の前でおもろい百面相やらかしちまったせいか、何かカイルさん気分がほぐれたっぽい。それはそれでいいんだけど、俺の力を借りるって何したいんですかね、この人。
「何ですか?」
「その……国の名前を、な」
で、聞いてみた答えがこれ。いやいやいやまずそこかい。
「いや、さすがに向こうが『コーリマ・イコン黒帝国』なんてベタベタなネーミングだろう。それに対抗して、とは言わないが、なあ」
「あ、カイルさんもそう思ってましたか」
そうか、こっちでもあの名前はベタベタだったのか。良かった、俺のセンスがずれてたわけじゃないんだな。
ま、対抗してゆうぜしのーよたいようしんおうこく、なんてことになっても困るしなあ。




