229.姉弟と魔術師の長
宿舎に戻った後、カイルさんはアオイさんとノゾムくんを呼んだ。それと、一応知っておいてもらった方がいい、ということでラセンさんも。……何で俺まで同席せにゃならんのか、はともかくとして。
「……父と、兄が」
「うそ、ですよね?」
で、領主さんとこに届いた知らせを伝えるとアオイさんはぎりっと歯を噛み締め、ノゾムくんは震える声でそんなことを言った。
まあ、気持ちは分かる。俺だってさ、シオンってーか武田があんなになってたって事知った時は……あーやめとこ、気色悪すぎて思い出したくねえや。
アオイさんはある意味さすがというか、どこか割り切ってる感じでノゾムくんに目を向けた。吐き捨てるように、呟く。
「少なくとも、兄上は確実に黒の側についている。これは事実だ」
「でも!」
「まだ確認が取れたわけじゃない。ただ、アオイの言う通りトウマ殿は黒の魔女の配下となっているからな。可能性は高い」
「……」
カイルさんの言葉に、ノゾムくんは悔しそうに口を閉じる。確認が取れてないのはそうなんだけど、でもなあ。
コーリマ王都のクーデターがマジで、それでもしゲキさんがあっちに行ってなかった場合……それ、死んでるって意味だろうし。双子の殿下が行方不明だから、一緒に逃げてる可能性もないとは言えないけど、なあ。
そんでもってカイルさんは、自分に言い聞かせるように言葉を続けた。
「恐らく、数日中にコーリマからの使者が来るだろう。全てはそれからだ」
「……分かりました。ノゾム」
「わ、分かってます。他の誰にも言いません」
アオイさんに急かされて、ノゾムくんも頷いた。まあ、確かにな。確定してない情報、余り広げるわけにも行かないんだろう。アオイさんたちは、お父さんとお兄さんに関わることだったから。
「それだけ分かってくれればいい。ありがとう、済まなかったな」
「いえ。……カイル様の方が、何かと大変でしょう」
「俺はオウインじゃない、タチバナだよ」
アオイさんの気遣う言葉に、何か変な言い方で返すカイルさん。でもアオイさんには分かったみたいで、しばらく口を閉ざしてから、頭を下げた。
「……失礼致します。ノゾム、行くぞ」
「は、はい。失礼します」
そのまま出て行くアオイさんを、ノゾムくんが慌てて追いかける。ばたんと扉が閉まってしばらく、部屋の中はしんと静かになった。
「参りましたわねえ」
少しして、ソファに座ったままだったラセンさんが吐き出した。いや、俺もその隣にいるんだけどね。
彼女の肩の上にいるカンダくんがしゃあ、と同じ感じで息を吐いたのに、カイルさんはこっちを向いて尋ねてきた。
「どの辺りが?」
「全部、ですわ。クーデターも、サクラ・ゲキ殿が再び黒に染まられたことも、コーリマの王族が狙われたことも全部」
「まだ、確定ではないけどな」
「嘘をつく理由がありませんわね。全てが真実かどうかも分かりませんけれど」
ラセンさんの言葉は落ち着いていて、何かさすがだなあと思った。このくらい落ち着いて、状況を分析することができるなんてな。俺、まだまだだなあ。
更に落ち着き払った態度で、ラセンさんはしれっと言ってのけた。
「カサイの弟子たちには、隊長たちがシノーヨからお戻りになる前に既に触れを出しております。黒の魔女の配下として私と戦うか、それとも私と共に黒と戦うか決めろって」
「全員こっちに来い、じゃないんですね」
「そこまで無理は言えませんよ? まあ、黒の魔女のこれまでの所業は、全っ部、触れに詰め込んでおきましたけど」
「しゃあ」
ラセンさんの言葉に、カンダくんが大きく頷いた。カイルさんの肩からへろん、と宙に浮いてやってきたせーちゃんが、それ聞いてなのか目を丸くする。
『文字に脅しを籠めるとは、どういう書き方をしたんじゃ? カサイの長は』
『せーちゃん、あまりかんがえなくてもいいとおもうよー』
『……らせんさまですからねえ……』
せーちゃん、タケダくん、ソーダくん。お前らラセンさんのことなんだと……ああ、カサイ一族のトップか。うん。
そのトップさんもカンダくん以外の言葉は聞こえなかったみたいで、俺に向かって聞いてきた。
「タケダくんはともかく、他は何ておっしゃいましたの?」
「俺に聞かないでくださいよ。というか、そんな感じでお触れ書いたんですね」
「あらあら、何のお話でしょう?」
目を細めてこっち見つめてくるの、えらく迫力あるんですけど。つーか、大体どんなこと言ったのか分かってんじゃねえか? タケダくんは脳天気なこと言ってるんだよな、ってのはいつものことだしさ。
ま、カサイ一族とそのお弟子さんに、せーちゃん言うところの脅しかけてるんならちょっとはマシかな、戦力。シオンの魔眼ビームにとっ捕まらないように、お守り渡さないと駄目だけど。




