227.取り扱い厳重注意
何でか魔術道具屋の店主さん巻き込んだ作戦会議は、結局常識的な範囲をまとめて終わった。まあ、向こうがどう動いてくるか分からない以上、こっちもどうしようもないからな。
「ともかく、まずは坊やたちの部隊をしっかり固めることじゃね。ヒョウちゃんも手伝ってくれるじゃろうから、そこは世話になるんじゃぞ」
「はい。ありがとうございます」
「これでいいのかあ?」
「おおコウジ、それで良い。テツヤに渡せ」
「あいよー」
シノーヨ公国を治める大公さんをちゃん付けで呼んじゃえる人だから、まあアキラさんはいいか。何だかんだで、いろいろお世話になってるしな。
で、コウジさんに取ってこさせた箱をそのまま、テツヤさんの手に渡させる。そんなに大きくないし、渡されたテツヤさんの方も重いとは感じなかったようだ。
「ひいばあちゃん、何これ」
「ここはもうええから、これ持って宿舎行ってこい」
「……あー、例のお守りか。分かった」
「取り急ぎ、近場には配っとくほうがええじゃろ」
「確かになー」
そっか、改良型シオン除けだな……なんて考えて、あいつは台所の害虫かと思ってしまった。いや、ある意味あれより質悪いのは確かなんだが。
「何から何まで済まない。……つけはどれくらい貯まっているかな」
「なあに、黒の魔女倒したら全部チャラにしてやるわい」
「おお、ばーちゃん太っ腹」
「何を言うテツヤ、お前のエール腹にはかなわんわい」
「そんな太ってねえよ!」
カイルさんの前で、何てーか曾祖母・曾孫コンビの漫才が始まっていた。何でだよ。というか、テツヤさんマジでそんなに太ってねえと思うんだけどな。
『えーるばらってなにかなあ』
『えーる、はおさけのいっしゅですね』
『そっかあ。てつやおにーちゃん、おなかあけたらおさけでてくるのかな?』
『違う違う。酒を飲み過ぎて太った腹のことを、その酒の名前を付けて呼ぶんじゃよ』
「……何でせーちゃんが説明してんだよ」
使い魔ずは使い魔ずで、トリオ漫才になっていた。ええい、何でこいつらの会話みんなに聞こえないんだろうな。こういう時楽しいの、俺だけじゃねえか。
……で、ふとカイルさんの顔を見て、はっとした。このイケメン、全力でヘコんでやがる。一応笑顔なんだけど、ほら力のない笑顔ってやつ。病人さんとか、すんげー疲れてる人が愛想笑いしてるっていう、あれ。
そりゃまあ、そうなんだけどな。故郷がまたえらいことになって、お父さんが殺されて、お兄さんとお姉さんが行方不明なんだもんな。本人ヘコんでる場合じゃないとか思ってるんだろうけど、いくら何でも無理だって。
「嬢ちゃん嬢ちゃん」
「え?」
テツヤさんの抱えた箱の中を見ながら、カイルさんはコウジさんも含めて話をしてる。それをよそに、アキラさんが俺を手招きした。どうやら身長合わせろという手振りなので、少し腰をかがめてみる。
そうしたらアキラさんは、俺の耳元で囁いてきた。
「カイル坊や、かなり張り詰めておるようじゃな。気にかけてやれ」
「はあ……そう、ですね」
ああ、アキラさんも気づいてたのか。というか、この人が気づかないわけがない気がする、うん。
ただ、それを何で俺に言うかな。聞いてみるか。
「でも、何で俺なんですか」
「ん?」
実情知らなきゃ魔女のコスプレした可愛い女の子、にしか見えないアキラさんは、外見年齢にふさわしいくりんとした目を丸くしてみせた。実は孫の孫までいるロリババア、すげえ。
「そりゃあ、坊やにとってはお嬢ちゃんが一番甘えやすいからじゃな。立場的に」
「は?」
けど、俺の問いに対する答えには俺自身が目を丸くする。いや、立場て。
「俺、カイルさんの部下ですよ?」
「そこじゃのうて」
年の功だけあってツッコミ早え。その一言に続いて、アキラさんはさくさくと話を進めてくれた。どうやらカイルさんがコウジさんから改良型シオン除けの取り扱い説明聞いてる間に、ぶっちゃけたいらしい。
「アオイ嬢ちゃんや双子などは、そもそも坊やがお城で育った頃からの部下じゃ。あの子らにとって坊やは王子様であり、仕える相手なんじゃよ」
「……ああ。ムラクモとかもそうですよね」
「そうそう。こっちに来てから部下になった連中も、それは知っとる。この世界で育った者はの、コーリマという大国の王子、というだけで一段上に見てしまうんじゃ」
そういうもん、なのか。
王子様なんて存在、俺にしてみたらテレビの向こうの話だったもんなあ。実際にいるにはいるけれど、お仕えするとかそういう対象じゃなかったし。どっちかっつーとアイドルとか芸能人の類、かね。
「けど、お嬢ちゃんは違うじゃろ。別の世界から来て、相手が王子様でもそうそう態度は変わらんえ」
「……」
こっちの世界では、王子様っていうのはものすごく偉い存在で。いつかはどこかの国のトップになったり、そうでなくても偉いさんになったりする存在だ。だから周りも、自然とそういった扱いになってしまう。
そうじゃないのは、あんまり実感わかないというかそういう人間くらい。
つまるところは、『異邦人』である俺。
「そういう相手は、坊やにしたら初めてだったんじゃろ。大丈夫じゃ、あんたならカイル坊やの頼りになるえ」
にんまりと、ここは実年齢相応の深い笑みを浮かべてアキラさんは、そう俺に言った。




