225.唇切れたら痛いよね
事情が事情なので、俺とカイルさんは取り急ぎ領主さんの屋敷を御暇することにした。急いでアキラさんとこ行って話しないといけないし、アオイさんとノゾムくんにも他の人たちより先に伝えとかないと。
「くれぐれも、警戒は怠らぬようお願い致します」
「分かっておりますじゃ。戦に備えて、入り用の物があれば何なりと言うてくだされ」
「はい。いざというときは、頼りにします」
領主さんの言葉に、カイルさんは素直に頷いた。いやほんと、金は重要だよね、うん。声には出さないけどさ。
で、そのまま『子猫の道具箱』へと歩いて行く。その間カイルさんはじっと唇噛み締めたままで、ほっとくと血が出るんじゃないかなって思った。肩に乗ってるせーちゃんも、何も言わずに目を閉じてる。
……何てーか、何もしてないのにすっげえ気まずい。恐る恐る、名前を呼んでみた。
「……カイルさん」
「え」
よし、唇緩んだ。あーでも、多分もうちょっとで皮膚破れるところだったかも。まあ、足を止めて目を丸くしてこっち見てるカイルさんの顔が割といつもどおりになってたから、これはこれでいっか。
「あんまり噛み締めてると、唇切れますよ」
「……このくらい」
「地味に痛いんですから」
む、と不機嫌そうな顔になった。例によってどんな顔してもイケメンはイケメンなのでこのやろう、とか思うわけで思わずガン見する。
……しばらくの間、外から見ると見つめ合ってる状態になった。それからカイルさんは、自分に言い聞かせるようにはっきりと、声に出して俺に言う。
「俺は平気だ。大丈夫、兄上も姉上もきっとうまく逃れておられるよ」
「そうだと良いんですが」
いや、俺もそう思ったんだけどね。でもなあ。
……ぶっちゃけるとさ。シオン自身がもう一度王都を襲ったんなら、まだマシだと思ったんだよ。いやマシじゃねえけど。
だってさ、シオンが攻め込んだんなら王姫様もミラノ殿下も、腰振ってズコバコあんあんしてるだけで生きてる可能性高いだろ。あいつは少なくとも、男はひと睨みで下僕にできちまうわけなんだから。
でも、ゲキさんとトウマさんがガチで軍率いて突入してきたんだろ。それで、王都を占領っていうか何て言うかえーと、そういう状況って何て言うんだろうな。ともかく、そういう状況になって直前に国王陛下と正妃殿下も殺しちゃってるわけだから、なあ。
後は、ちゃんとお城というか王都から逃げ出せてれば前提その他ほっといて大丈夫なんだろうけど。
状況、結局分からないからな。
普通に歩くより、ちょっと時間かかってお店に到着した。扉開けようとすると、向こうから開く。
「あ、隊長、ジョウ。領主様んとこの用件終わったんですか」
顔出したのは、何故かテツヤさんだった。何その両手に乗った本の山、もしかして店員アルバイト中か?
「テツヤ、来てたのか」
「ひいばあちゃんの店ですしねえ。暇な時は荷物の運び入れとか手伝ってるんすよ、コウジの尻叩いて」
「隊長さん、ジョウさん。テツヤ兄酷いんですよー俺、傭兵じゃないからそんな力ないのにやたら重い荷物持たせやがって!」
カイルさんの質問にテツヤさんが楽しそうに答えて、そこに後ろからコウジさんがぎゃーと喚いてくる。あー、まだ平和でよかった、うん。と言うかテツヤさん、さすがに筋トレとかしてないコウジさんにそれは無茶だ。
「店員だって身体ぐらい鍛えろよ。強盗でも入ってきたらどうすんだ、お前」
「俺より先にばーちゃんの魔術トラップが作動するに決まってんだろ!」
「やれやれ……というか、そんなもの仕掛けてあるのか」
ぱっと見兄弟とか年の離れた友人にしか見えないおじさんと甥っ子の言い合いに、カイルさんが肩をすくめる。あ、表情緩んだ。よしよし、とせーちゃんと顔を見合わせて頷き合う俺と伝書蛇ずであった。つか、魔術トラップてどんなのだろうな……アキラさんだから、絶対容赦無い仕様なんだろうけど。
ひとしきり会話が済んだところで、カイルさんが2人に尋ねた。
「ところで店主は?」
「奥です。呼んできまっさ」
「頼む」
奥に戻ったのはコウジさんの方で、テツヤさんはその後ろ姿を見送ってからこっちをちらと振り返った。
「ジョウ、この一番上の本取ってくれ。お前さんとこに届けるもんらしいんだけどな」
「あ、はい」
俺宛かよ、と思いつつ取ってみる。表紙には、可愛くデフォルメされた伝書蛇の絵が書いてあった。こっちもゆるキャラ文化とかあるのかね、見たことないんだけどさ。ああ、ぬいぐるみはあるか。
で、その絵の上に書いてある文字。
「しょしんしゃむけ、でんしょへびのがくしゅうちょう」
『これは、わたしとたけだくんのおべんきょうようのほんですね!』
『やった、ぼくもおべんきょうするー!』
本の内容に気がついたソーダくんとタケダくんが、まあ嬉しそうにぱたぱたくねくね。少しでも2匹には勉強してもらって、今後来るだろうシオンたちとの戦いでは生き延びてもらわないとな、うん。
荷物を置いて戻ってきたテツヤさんが、この本のことをちょっとだけ教えてくれた。
「太陽神教の総本山に何とか在庫があったらしいぜ。あそこ、昔は伝書蛇の教育にも熱心だったらしいから」
「昔ですか?」
「2人いちびったあの神官長殿が神官長になってから、ほとんどやらなくなったんだよ。伝書蛇は魔術師につく者であって、あっちの神殿は神官教育に専念するためとか何とか」
「……あー」
なるほどなあ、とカイルさんと顔を見合わせた。伝書蛇の教育するってことは、もれなく魔術師ついてくるってことだもんな。『龍の卵』について何か漏れたりしたら、それこそ大変だって思ったんだろう。




