221.因果応報自業自得
「むぐ、むぐぐう!」
「ん?」
視界の端に何かジタバタしてるイモムシみたいのが見えたので、視線を移してみる。あー、ムラクモ得意の縛り方かまされた神官長さんか。どーすんの、あれ。
上から同じように彼女を見ていたセイリュウさんが、多分頷いたんだろう。ゆったりと、言葉を紡いだ。
『ふむ。そこな愚か者の長よ、発言を許す。何ぞ言うてみい』
「ムラクモ」
「……分かりました」
アオイさんの指示に、ムラクモは少々不満気な顔をしながらもすっ転がっている神官長さんに近づいた。襟首を掴んで持ち上げて、自分の顔から遠ざけながら口の中の……多分布を引っ張り出した。
次の瞬間放り出された神官長さんは、床に転がりながらもわめき始める。まあ、あれならムラクモも持ちたくないよなあ。うん。
「太陽神様に歯向かい封印された使い魔の分際で、何そんな偉そうな口ぶりをなさっているのかしら! あなた達も、あなた達も、太陽神教を統べるこの神官長キコウに対して無礼ですわよ!」
「うわー、自分の立場気がついてないですよこの人」
「ノゾム、お前にしては珍しく言葉がなっていないな」
「済みません。あまりにあまりなもんで」
ぎゃーぎゃーわめく神官長さんをよそに、ノゾムくんとアオイさんが何故か姉弟漫才を始めた。気持ちは分かるぞ、主にノゾムくんの。
で、当の神官長さんはその姉弟漫才にも、入り口の向こうから覗き込んでいるために酷い言動ぜーんぶ見ている信者さんたちにも見向きもしないで、更に吠えた。
「逃しませんわよ……お前は『龍の卵』の中に戻り、この総本山のために魔力を集め引き出さなければならないのですから!」
『別に、ワシじゃのうてもできるじゃろうが。要は、魔力を溜め込める何かをこの中に放り込めばいいんじゃからね』
高い天井の下、のんびりゆらゆらと舞っていたセイリュウさんは、その動きをピタリと止めた。これまでとは全く違う、ゾッとするような冷たい瞳で彼は、神官長さんを見下ろした。
『のう、愚かな長よ』
「え?」
『そこな信者どもよ。その壁際にうず高く積まれしは、この愚かな長によって生気と魔力を吸い尽くされ干からびた屍。この長に意見した者、考え方が異なる者、生まれた世界が異なる者をこれは、次々に結界の餌食とした』
セイリュウさんの言葉に、信者さんたちがざわざわと騒ぎ出した。中に数人神官さんがいて、驚いたように飛び出してくる。神官長さんが慌てて振り返った拍子に、バランス崩してコロコロ転がった。あの、もしかしてマジで気がついてなかったのかあんた。
で、壁際の山に近づいた神官さんたちは、一斉にこっちというか神官長さんを振り返った。
「……さん!」
「……殿ですか、もしかして」
「神官長、これはどういうことですか……!」
うわあ。顔が分かる人の中に、知り合いがいたみたいだな。こうなると神官さんや信者さんたちの視線は、神官長さんに集中する。もちろん、怒りと恨みのこもったやつが。
……何か、カイルさんが俺のこと腕の中に抱きしめてくるんですけど。いや、俺見られてるわけじゃないから大丈夫だって。腕ぽんぽん叩いて、安心させてやる。
「大丈夫ですって、カイルさん」
「……いや、しかし」
『じょうさま、かいるさまはじょうさまをしんぱいなさってるんですよ』
『だいじょうぶだよ、ままはままだもん!』
だから困った顔をするな残念イケメン。あーもう、これだからこの人は。ソーダくんも、いや分かってるんだけどさ。1匹だけ空気読んでないのか読めないのか通常営業なタケダくんにほっとするよ、もう。
「な、何ですか! なぜ皆で私を見るのです? 私はあなた方のような下っ端の信者ではない、神官を統べる長なのですよ!」
で、外から見るとラブコメ状態だろう俺たちを放っておいて、神官長さんの雄叫びは続く。よく保つなー息、じゃなくて。
「聞くに堪えない暴言だな……セイリュウ殿、口を塞いだほうが良いか?」
『なに、言いたいだけ言わせおけ。ワシにちょいと考えがあってのう』
「はい」
ムラクモがセイリュウさんに尋ねたのは、そもそもがセイリュウさんの指示でしゃべれるようにしたからだろう。でも、考えって何だ?
『聞けば魔術師の素養を持ち、己が中に収めることのできる魔力もかなりのもののようじゃね。これまで数十年好き放題やらかしてきた分、今後はそなたが大事な大事な総本山のために働けば良い』
「な、なにをっ!」
……んー?
何言ってんだ、と思ったところで気がついた。『龍の卵』、再起動したのか何なのか、結界が回復し始めてる。それをセイリュウさんも気づいていたようで……かぎ爪のある手を軽く振ると、神官長さんがふわりと浮いた。縛られたまんまで。
東の空のセイリュウって、そういう能力あるんだ。スザクさんも、羽ばたいただけで雲吹き飛ばしたり濡れた服乾かしたりしたもんなあ。
『そら、結界が再生してきておるぞ。食も水もない場所でどれだけ保つや分からんが、頑張れよー』
「きゃああああああっ!」
お気楽な台詞を口にしてセイリュウさんは、再び手を振った。と、浮かんだ神官長さんの身体がぽいと、閉じゆく結界の中に放り込まれる。どでんと間抜けな音して転がった神官長さんの焦った顔が、ちらりと見えた。
「い、いやあ! 何で、何で私がこんなところに入らなければ駄目なのお! 貴様あ、『異邦人』め! 神の使い魔め! 私を今すぐ解放して代わりに中に」
バツン、という感じで唐突に声が途切れた。そうして『龍の卵』は、俺が入ってきた時に見たのと全く同じ形、同じ色に復元されている。
あの中に、神官長さんはひとり閉じ込められた。
これから彼女は、今までセイリュウさんが背負ってきた魔力のバッテリー役を仰せつかることになる、のか。
『これで、うるさい者はいなくなったのう。やれやれ、肩の荷が下りたわい』
ただ、涼しい顔をしてそんなセリフを吐くセイリュウさんが怖い、と思ったのだけは事実だけど。




