220.解放そして
結界が裂けると同時に、ぶおっとものすごい風が吹いた。俺の身体が簡単に浮き上がり、そのまま消えていく壁の外へと持ってかれる。とりあえずタケダくんは腕の中に抱え込んだ、けど。
「わあああああ!」
『わあ、かぜー!』
「ジョウっ!」
上げた悲鳴は風の音に紛れたけれど、でも何でかカイルさんが俺を呼んだのは分かった。で、次の瞬間風がふっと止んで……まあ分かりやすいというか、俺はカイルさんの腕の中に落っこちたわけだ。……コーリマ王城に転移した時に続いて2度めかね、これは。
などと脳天気にできているのは頭の一部だけで、俺自身は何というか……カイルさんの顔を間近で見て、ホッとした。うん、安心したんだ。
「か、カイルさん、助かったあ……」
「大丈夫かジョウ、魔力を吸われたりは」
「あー」
カイルさん、めっちゃ必死な顔してる。……って、魔力か。神官長さん、言うこと言ったのかね。とりあえずはこの人を安心させないと、と思ったら口が勝手に動いた。
「セイリュウさんが守ってくれてたんで、俺もタケダくんも平気です。はい」
「しゃ!」
「そ、そうか……良かった」
タケダくんも頷いたことでマジだと分かった途端、ぎゅっと抱きしめられる。おいおいおいおい、後ろ後ろ! アオイさんたち見てるってば!
「ジョウ!」
「良かった、無事みたいだな」
……アオイさん、ムラクモ、カイルさんはスルーかよ。ノゾムくんは……あー、扉あそこにあったな。ノゾムくんが抑えてるらしい向こう、外から何か人がいっぱい覗いてら。何だあれ。
「……あれ何ですか」
「ああ、ついてきてしまったんだな」
俺の台詞に、カイルさんは肩越しに後ろを振り返ってからくすっと笑った。こっちに戻ってきた顔は、困ったような楽しいような変な顔。
「いや、ソーダくんがお前の気配が消えたと言うんでな。探していたらこう、みんなぞろぞろと」
『じょうさまー、たけだくんー』
……暇なのかな総本山。とか思う前にソーダくんが涙目で突っ込んできたので、とりあえず受け止める。はいはいよしよし。
「よしよし、ごめんな。寂しかったな?」
『わーい、そーだくんだー!』
『さびしかったですよー!』
……タケダくんは単純に喜んでるから、いいことにしようか。
『さて。そろそろええかのう?』
天井から声が降ってきて、カイルさんや他のみんな共々慌てて見上げた。おお、高い天井だけあってセイリュウさん、ゆったりと空を動いてるよ。やっぱ東洋系の龍って、こう身体長く伸ばして空飛んでる方が見応えあるよなあ。
「あ。セイリュウさんも外、出られたんですね」
『そりゃまあ、結界が消えたからのう。ワシを解放してくれて感謝するぞ、異界の血を引く王子よ』
「……ああ」
『ほっほ、そこまで警戒せんでもええわいな。ところで、白の魔女そろそろ放してやったらどうじゃ』
「え」
うん、まあカイルさんは『龍の卵』の中でのセイリュウさん知らないから警戒してもしょうがないよな。でも、そのセイリュウさんに突っ込み入れられるってどうだろう。
「す、すすすすまないっ」
「まあまあ、落ち着いて落ち着いて」
慌てて床に降ろされたところで、ひとまずカイルさんをなだめてから視線を元に戻した。
その途中で気がついたけど、神官長さん例の縛られ方で転がってるよ。口に何か詰め込まれてるし……ムラクモ、やったな?
それと、テンクウさんもあのホースの先についてる粘土引っ剥がされて寝かされていた。あーよかった、大丈夫みたいだ。
まあ、そちらは後にするか。まずは、セイリュウさんだ。
『さて。ワシは卵の中でじっくり考えておったんじゃがね。かつての大戦では黒の神の側についたワシじゃが、此度はどうしようかとな』
ゆーらゆーら、と空を飛びながら青い龍は、ちょっとおちゃらけた感じの口調で言葉を紡ぐ。まあこれが彼の口調なんだけど、他の人知らんもんなあ。ビビってるというか、呆気にとられてる感じだな、みんな。
で、その口調のままでセイリュウさんは、全力でぶっちゃけた。
『まあ前提その他いろいろすっ飛ばしてじゃ。東の空のセイリュウと友達になりたい、なぞという幼子がおっての。考えた末、そうすることにした』
「へ」
俺だけじゃなくて、この場にいるセイリュウさん以外の人間全員が全く同じ台詞を吐いた。扉の方から顔を覗かせている信者さんたちも、それは同じことで。
まあ、そんなこと言うの1匹しかいないんだけどね。はい、俺の肩で楽しそうにぱたぱた翼羽ばたかせてる白い伝書蛇だけど。
『タケダくん、じゃったな。そなたはこれより、このセイリュウの友達じゃ』
『ほんと?』
『うむ』
目をぱちくりさせたタケダくんは、セイリュウさんが大きく頷いたのを見てものすごく嬉しそうに翼をぱたぱた身体をくねくねさせて踊り出した。おいこらお前だいぶ成長したんだから羽、羽顔に当たるって。
『わーい、せーりゅーさんおともだちだー、やったー!』
「……まあ、そんなこと言いそうなのはタケダくんくらいか。良かったな」
「良かった……んでしょう、ねえ」
カイルさんが顔引きつらせてるけど、多分俺も同じ顔してると思う。そしてソーダくんは、やはりこの子らしいというかガチで感動していた。
『たけだくん、すごいです! せいりゅうさまとおともだちなんて!』
『えー? ぼくのおともだちなら、そーだくんともおともだちだよ?』
『さ、さすがにそれはおそれおおいです!』
うむ、タケダくんの台詞にはさすがにソーダくんは全力で引いている。まあ、セイリュウさんならOK出してくれそうだけどなあって思いつつ、ムラクモに肘を突かれたので振り向いてみた。
「……ジョウ。ソーダくん、恐れ多いとか言ってる感じか?」
「さすがムラクモ。正解」
「よっし」
よっし、じゃねえよ。何拳握ってガッツポーズしてんだよ、お前は。カイルさんもうんうん頷くな。




