218.剣一閃
ふと。
何となくなんだけどセイリュウさん……というか神の使い魔のみんなには、聞いてみたいことがあった。この際せっかくだから、聞いてみようか
「……あの、セイリュウさん」
『ん?』
「前の戦いの時、セイリュウさんはどうして黒の神の側についたんですか?」
『ふむ』
一応自由意志でついたみたいだからな。そうであるからには、前回あっちについた理由ってのもあるはずで。
セイリュウさんはしばらく考えた後、多分言葉を選んでだろう、答えてくれた。
『まあ、当時は人間がやたら偉そうだったでなあ。多くの動植物が絶滅したり、大地が汚れたりしたもんじゃよ』
『えー? にんげん、わるさしたの?』
「……うわあ。そりゃ、ケダモノに戻したくもなりますよねえ」
『そういうことじゃの』
ぷー、と頬膨らませたタケダくんを撫でながら、答えには納得してしまった。そういうことならまあ、黒の神の言いたいことも分かるっちゃ分かるよな。要するに公害とか、乱獲とか、そういうので世界がえらいことになったんだろうし。
それで黒の神は、人間から理性とか知性とかそういうもの剥ぎとって動物に戻そうとしたんだ。動物に戻れば、少なくとも世界を壊すことはなくなるだろう。
でも、そう考えて戦った結果スザクさんはすーちゃんになって、セイリュウさんはこんなところにいるわけで。
『とはいえ、太陽神とその力を借りた心清き人間らにわしら、こうやって封じられたんじゃがね』
「なるほど。……単純に考えると、その人たちが太陽神教作ったってことですか」
『じゃね。まあ、時間が流れればろくでもない長も出てくる、ということじゃのー』
「否定できませんねえ」
いやほんと、否定できねえわ。
世界荒らしてた人間の中でもまだマシな方が作ったはずの組織、太陽神教の総本山。そのトップが、今やアレだもんねえ。
これじゃあ、ほんとに味方になってくださいとかお願いできないっつの。マジ参った、どうしよう。
……なんて思ってたら、セイリュウさんが俺をガン見しているのに気がついた。見上げると、身体よりも濃い青の目がこっちを見つめてる。
『しかし、そなたも変わっとるのー』
「そうですか?」
『そうじゃろ。何しろ見てくれは愛らしい娘なのに、中に勇ましい男子の部分が残っとる』
「……っ」
うわ、バレてーら。さすがは神の使い魔、ってとこか。
あれ、そうするともしかしてスザクさんも気がついてたのかな。……今更あっちに尋ねるのも怖いし、やめとこ。
『黒の信者が世界の壁を超えて人を引きずり込む、ということはあのろくでもない長もぶつくさ言うておったが、そなたもその口じゃな』
「……はい。俺はその、汚される前に助けられたみたいなんですけど」
『ままはきれいだよー』
あータケダくん、お前さんの言うのと多分意味違う。
それはそれとして、神官長さんも『異邦人』のことは嫌いだったみたいだし、そこら辺ぶつくさ言ってたのかな。……あの粘土を、そんな人の首筋に貼り付けながら。
でも、『異邦人』側にしてみれば冗談じゃないんだよな。引っ張りこんだ方の都合だけでこんなことになったんだし、俺なんて性別まで変えられてさ。
そういう考え方は、セイリュウさんも同じだったみたいだ。
『己がどの神を信じるのも勝手じゃが、他人を無理やり引きずり込むのは問題じゃね。それもそなた、壁を超える時に身体を変えられたか』
「分かりますか」
『言葉遣いと中身、じゃね。あいにく、こちらの世界ではその身体で定着しておるから、戻すことはかなわんじゃろうが』
セイリュウさんが口にした言葉は、助けられた次の日、カイルさんやラセンさんから聞いた話とおんなじだ。あー、やっぱ俺、このままかあ。まあ、諦めてるけどね。
今にして思えばカイルさん、お母さんという前例を知ってたから俺のこと、もしかしてって気づいてくれたんだろうな。それで、気を使ってくれて。参ったね、もう。
「そういう話は聞いています。覚悟はまあ、できてるつもりなんですけど」
『よくわかんないけど、ままはままだよ?』
「うん。ありがとうな、タケダくん」
そうだよねー、お前と会った時にはもうこうだったもんね、俺。よしよし。
セイリュウさんが、多分外の方に目を向けた。それから、少し首を上げる。
『……ふむ。白の魔女よ、迎えが来たようじゃぞ』
「迎え?」
『結界の向こうじゃ、よう見たらかすかに見えると思うがの』
でかい身体が動いたことで、隙間ができた。ここからだったら出られそうだな、と思ったところで止められたんだけど。
『ああ、そこからは出るでないぞ? そこから出たら、そなたも幼子も結界の餌食じゃ』
「え」
あ、そうだ。『龍の卵』の結界は、魔力を吸い取るためのもんだったよな。それで、近づきすぎた俺も吸い込まれちゃって。
で、俺もタケダくんも今何ともないんだよな。ってことは、えー。
「……もしかして、守っててくれたんですか」
『さすがに、自分からおりゃーと飛び込んでくるような根性のある娘をほったらかすわけにはいかんじゃろ』
「すんません」
『ありがとー、せーりゅーさん』
思わず頭を下げた。何故かタケダくんも一緒に下げてるけど、まあいいか。
いやまあ、飛び込んだっつーよりは引きずり込まれたんだけどさ。自分から突っ込んできた、でもあんまり間違ってねえか、うん。
で、改めて隙間から外を見る。結界は中から見ると、何というか吹雪みたいな感じ。横殴りに何か降ってるというか飛んでるというかそういうのが壁になっていて、その間からどうにか外がぼんやり見えるってところ。
それでも、見慣れたイケメン隊長や副隊長、その弟に使い魔スキーな忍びがいるっていうのは、何となく分かった。入り口から、駆け込んできたみたいだな。
「カイルさん! アオイさんもムラクモも、ノゾムくんも!」
『まま、そーだくんもいるよ!』
「マジか!」
さすがにあの子はちっちゃすぎて分かんねえぞ、俺には。けど、そうか。一緒に来てくれたんだ。
俺たちを守るようにとぐろを崩さないセイリュウさんが、ニンマリと目を細めた。
『どうやら、そなたの魔力や怪しい気配などをたどってきたようじゃの』
「たどれるんですか」
『使い魔はそういうのは得意なはずじゃからのう。あの忍びの娘も、ある程度は拾えそうじゃ』
「ムラクモが?」
『それができんと、忍ぶことは難しいじゃろ』
「ああ、何か分かりました」
ムラクモ自身そんなことは言ってなかった気がするけど、考えてみりゃ魔力拾えれば結界とか罠とか敵の気配とか読むの楽だろうしなあ。自然とそういうこと、できててもおかしくないわけか。……使い魔スキーはまた別の話として、さ。
と、カイルさんが両手を上げるのが分かった。あれ、剣構えてる。もしかして、結界斬ろうとしてるのかあの人。
一度振り下ろした剣はぶつかった瞬間弾かれて、カイルさん共々飛ばされる。アオイさんたちがカイルさんを守るように動いたのは、多分神官長さんが何やらしたんだろう。……もしかして、テンクウさんを使ってるかも。
「カイルさん!」
『どれ。ちょいとばかり、力を貸すかのう』
思わず名前を呼んだところで、セイリュウさんがのそりとちょっとだけ動いた。俺が見上げると、深い青の瞳は多分、笑ってる。
『とは言うても、今のワシにできるのは己の魔力を放出するくらいじゃがの』
「え」
『結界の中におるワシが魔力を放出すれば、結界の力はワシにより多く向けられる。その分、外におる人間はそなたのように吸い込まれることなく近づくことができるし、破ることも容易くなろう。その他は、人間がどうにかせんとな』
そっか。ちょっとでもカイルさんが結界に近づけるように、破りやすくなるようにしてくれるってことか。神官長さんがテンクウさん盾に取ってるなら、多分ムラクモあたりがどうにかする、と思うし。
何だろ。セイリュウさん、敵に回したくないなあ。いい人、っていうか使い魔だし。
「……済みません、ありがとうございます」
『ははは、さてどうかのう? ワシはただ、外に出たいだけやも知れんぞ』
「それでも、ありがとうくらいは言わせてくださいよ」
『まあ、礼など言われて悪い気はせんの』
俺の言葉にははは、と人間臭い笑い声を上げて、セイリュウさんは目を閉じる。程なく、青い全身がふわふわと光り始めた。
結界の向こうでもそれに気がついたのか、カイルさんが膝に手を置いて力を入れ立ち上がる。剣を両手で握りしめて、それをまた振り上げた。他のみんなは……分からない。多分、何かしてると、思うけど。
「カイルさん!」
もう一度名前を呼ぶ。それに答えるように、カイルさんは剣を振り下ろした。
そうして、バキンと音がして。
「ジョウ!」
カイルさんの声が、聞こえた。




