216.魔力の源
明るい、岩を掘り抜いたような空間の中に鎮座して、ぼんやり輝いている『龍の卵』。周囲の壁には何か石みたいのがたくさん積み上がっていて、それが何というか変な感じがするんだけど、何だろうな。唸り声みたいのも聞こえるけど、『龍の卵』の土台が小刻みに震えてるっぽいしその音かな。
とりあえず、この結界を何とかしなくちゃと思ったところでばたん、と扉が閉じる音がした。はっと振り返ると……うわ、こっちからじゃ扉見えないのかよ? というか、さっきのアオイさんみたく見えなくされたか。
顔を戻したところで、ふふんと上から目線な神官長さんと視線が合った。
「結界を破壊する気? いいわよ、やってごらんなさいな。ただし効果は一時的だし、中に封じられているのは黒の神に仕えた使い魔。そんなものがここに出てきたらどうなるかしらね、愚かな『異邦人』サマ?」
「……」
「ついでに言うとね……あの結界には、魔力を吸い取る力がありますの。魔術は効きませんわよ。残念ですけどね」
ですよねー。使い魔から魔力吸い取ってるんだもんね、そういう結界でもおかしくねえよな。
それもあるし、そもそもいきなり開けても俺、セイリュウさん説得できる自信ねえわ。第一、封じた連中の現在のトップがこれだもんなあ。
いくらセイリュウさんに会えても、これがいちゃ味方にはなってもらえねえだろ。すーちゃん……スザクさんみたいに、自分から味方になってくれるなんてことならいいけど、そううまい話はないっての。
「……ん」
で、壁の方に視線を向けてふと気がついた。いや、積み上がってる石みたいのよく見たらあれ、服着てたり髪の毛ついてたりしてる、んじゃねえ?
……そういうのが、壁際に積み上げられている。あれって。
「……あれ、何ですか」
「やっと気がついたの? どうせ、突然神官がいなくなるなんて話も聞いたんでしょうに」
恐る恐る尋ねてみると、神官長さんはにんまりと笑みを浮かべた。うえー。
いやまあ、確かに聞いたけどさ。でも、自分から話振るってどうよ。もう俺には後がねえだろうから洗いざらいぶちまける、ってそれテレビで悪役がやることじゃねえ?
つーても、テレビみたいにはい正義の味方が来ましたよー、なんてことにはならないだろうから覚悟は決めておかないとな。何か、末路見えたし。
「太陽神様やその神官長たる私を怪しむなんて、信者としてありえないでしょう? だから、その身を総本山に捧げていただいたの。血の一滴、魔力の最後の一絞りまでね」
そんなこと考えてる俺をマジでゴミか名前出したくない虫見るような目で見つつ、神官長さんはその石みたいの……じゃなくて信者さんたちだったもの、その山へと近寄っていった。あれ、よく見るとまだ、生きている人がいる。
その人の髪をぐいと掴み上げて神官長さんは、朗らかに笑った。
「うぅ……ぐ、う」
「ほら、お友達よ?」
「テンクウさん!」
うわあ、カイルさんの事情聴取代わったってやっぱりそういうことかよ。つーか、テンクウさん唸ってるけどこっちの声に反応ねえし。あの音、音じゃなくて本当に唸り声だったんだ。
後、首筋にへばりついてるアレ何だ、粘土みたいなの。テンクウさんの首筋にベッタリ張り付いて、ちょっとやそっとじゃ外れそうにねえぞ。
「この子、いつまで経ってもイコンの友人、とやらを捨てないんですもの。いい加減、太陽神様もお怒りでしょうからね。総本山を支える、魔力の礎となっていただいてるの。何日保つかしらねえ」
「……うう……」
その粘土のところからつながっている……ホースみたいなのを神官長さんが持ち上げる。ホースはずっと伸びていて……その先は、『龍の卵』の土台につながっていた。よく見たら、こっちもぼんやり光ってら。そして、光の微妙な強弱に合わせてテンクウさんが、唸ってる。
要するに、魔力を吸い上げるホースか。信者さんたちだったものは、それで何もかも吸い取られて、挙句の果てにゴミみたいに山積みにされて。
冗談じゃねえや。信者さんや神官さんたちの信仰を何だと思ってるんだ、このおばはんは。
「そうして、『異邦人』の分際で偉そうに白の伝書蛇などを使っているあなたにも、ね」
ぽいとテンクウさんを放り出し、神官長さんはこちらへと一歩、足を踏み出してきた。もう数歩歩く間に、別のホースを拾い上げる。先端の粘土には、誰も貼りつかれていない。俺にくっつける気だな。
「安心なさいな。黒の信者どもと違って、快楽の虜にして自ら腰を振らせるなんて浅ましい真似はしないわ。太陽神様に疑いを持つような愚か者は苦しんで苦しんで、苦しみ抜いて死ねばいいの」
「あんた、自分の言ってることがどんだけゲスなのか分かってんのか」
「あらあら、いやあねえ。太陽神様を心の底から信じない者なんて、この言い方でもまだまだ優しいですわよ?」
あー、このおばはんもう駄目だ。自分だけが正義で太陽神さんの信者だなんて思い込んでるぞ、これ。こんなのがトップで、太陽神さん大丈夫か。……困ってそうだな、何となく。
つか、俺マジやばくねえ? 『龍の卵』には近づけたけど、その後が駄目駄目じゃねえか。このままだと俺、テンクウさんみたいに魔力吸われてそのうち、山積みの一部になっちまう。
俺はともかく、タケダくんはどうするんだろう。白の伝書蛇、どレアな種類のはずだろ。
「……タケダくんはいいのかよ。白の伝書蛇なんて、珍しいんだろ」
「いくら白の伝書蛇とは言え、私ではなくあなたのような者に仕えている時点でろくなものではないわねえ? 探し出して一緒に魔力を吸わせてあげるから、安心してお逝きなさいな」
あはははは、と笑い始める神官長さんの表情がもう全力でイッちゃってる。
タケダくんまで殺す気だったのかよ。ポケットに突っ込んだの、間違いでもなかったかな……途中で逃がせそうもなかったしさ。
しかしまあ、ここからどうするか、だけど。
「さあ。大人しく魔力を吸われておしまいなさい。苦しめ、苦しんで何もかも搾り出されて干からびて転がりなさいな。『異邦人』の小娘が」
「んなわけ行くか!」
とりあえず逃げるが一手、とは言うけれど出口は見えないし……それじゃあ、もう開き直るしかないってか。俺は腹を決めて、『龍の卵』に向かって駆け出した。元々そっちが目的でもあったわけだしな。
でも、だいぶ近づいたところでやばい、と気がついた。何かこう、俺、『龍の卵』に引っ張られてる?
「え? わ、何っ」
「あはははは……その結界は魔力を吸い取る、と言ったでしょう!」
追いかけて来なかった神官長さんの声に、気がついた。そうか、あの人、だからこっち来なかったのか。彼女も、本来ならば魔術師に余裕でなれるくらいの魔力の持ち主だったから。
「そこまで近づけば、あなたの存在自体が魔力として感知されるのよ! 『異邦人』の魔術師、魔力はさぞや十分でしょうねえ!」
「わあああああああ!」
ぐいん、とおもいっきり引っ張られる。足が地面から浮いて、空飛ぶように引っ張られて、『龍の卵』にぶつかった……と思った途端、俺の意識は遠のいた。




