215.龍の卵
「……何で、そう思ったんですか」
「あらいやだ。分からないとでも思いましたの?」
とりあえず、平静を装って聞いてみる。向こうに確証があるなら、それを探らなくちゃな。
だから、その後の神官長さんの答えを待った。しかし、ほんとゴミ見るような目ってあるのな。
「今年の初めに、ユウゼの神殿で太陽神様のお守りを授かりましたでしょう? あなたのような年齢で守りを授かるなんて、『異邦人』以外にあり得ませんもの」
出てきた答えにはあーくそ、そっちかよと思った。そういやこっちの人って、生まれて初めての年始に守りをもらうんだっけな。
……ということは、ユウゼのレッカさんに問い合わせなり何なりして調べたのか。だから、今まで時間がかかったんだ。うわあ、さすがにそこまではごまかせねえよなあ。
そんなことを考えてる間に、神官長さんは俺の胸ぐらをぐいと掴み上げた。普通こういうパターンだと顔をくっつくくらいまで寄せてくるんだろうけど、彼女はそうはしない。多分、汚いとか思ってんだろうな。
「うふふ。あなた、『龍の卵』を見たがっていらしたわよね? 見せてあげるわ」
その言葉に、俺ははたと目を見開いた。いや、確かに見たいし。
そうか、これはある意味チャンスかもしれない。普段なら恐らく近づくこともできないだろう、『龍の卵』に接近するチャンス。
なら、その誘いには乗るしかないな。うん。
神殿の中を、胸ぐら引っ張られたまま歩いて行く。周りを信者さんとか神官さんが歩いてるんだけど、こっちにはまるで気付かない。
……うわ、ムラクモまで気づかなかったよ。一瞬こっち見たんだけど、すぐに視線それたし。マジか。
「……周りの人、全く気づいてないんですね」
「許可無く口を開かないでくださる? 屑が」
すっげえ憎悪に凝り固まった声で、低く返される。どうやら、ムラクモがいたことには気づかれなかったらしい。それはそれで良かった……のかね。
「まあ、いいでしょう。私が魔術師の弟子入りを断って神官になったことは、聞いているかしら」
「はい」
ああ、アオイさんが言ってた噂、マジだったのか。とりあえず頷くと、神官長さんはうふふ、と自慢気な表情になって先を続けた。
「私には、魔術師が弟子に来てくれと請い願うだけの魔力が備わっている。神官になったとはいえ、この魔力を無駄にしておくのはもったいないと思ってね、最低限の魔術はお勉強したのよ」
まあなあ、俺でも本見て勉強できる程度には魔術の本ってあるし。総本山の神官長さんなら、手に入れるのも簡単だろう。
「結界術は神殿や、敬虔なる信者を守るためにはとても有効な術ですからね。学んで、学んで、何度も試みて。そうして、ここまでに至ったの」
「ここまで……」
当然のように俺たちを避けて歩く人々は、俺たちがここにいることにすら気づいていないようだ。これがつまり、神官長さんが掛けた結界術の効果。多分神官長さんを中心に、狭いエリアにかかってるんだろう。
「私があなたを連れてここを歩いていることを、周囲の信者たちは気付かない。結界の存在すら分からない。素敵でしょう?」
ぐい、と服が引っ張られる。しょうがないので、話聞きつつ足を進めよう。いつまでここに立ってても、埒が明かないしなあ。
「どれだけ泣き叫んでも、誰にも気付かれない。まあ、あなたは屑だけど度胸だけはあるようね」
「一言余計ですよ」
「余計じゃないわよ? 『異邦人』は太陽神様や先祖の守りももらえないような屑だもの」
俺が言い返した台詞を、更に言い返す。ああ、この人としてはそういう認識なわけか。ま、確かに年末はちょっと面倒だったけど、それはこっちのせいじゃないわけで。
それで屑呼ばわりはないわー、と思いつつ反論はやめとこう。この手のおばはんって、人の話聞かねえからなあ。いやまあ、実例見てきたからし……実の母親、っていうんだけど。
廊下を曲がり、さらに奥へ。人の気配もなくなったところに、扉が1つぽつんとあった。神官長さんはそれを開き、俺を連れて中に入る。
その中には地下に繋がる階段があって……一瞬、足がすくんだ。下が見えない、魔術灯もぽつぽつとしかない暗い階段。
俺があの日、武田と……シオンと一緒に落ちて、この世界にやって来るきっかけになったあの階段を思い出して。
「あら、さすがに怖いの? 可愛らしいところもあるじゃない。ほら、降りるわよ」
「……」
足を止めてしまった俺を、神官長さんは薄ら笑いを浮かべて見ている。いや、確かに怖いんだけど多分、理由は神官長さんが考えてるのと違うから。駅の階段落っこちた時のことを、思い出したからだ。あーくそ、すっかり忘れてたのにな。
神官長さん、おとなしくついていくから俺放すなよ。また、落っこちたくねえからな。
かつん、と音がして、それ以上段がないのが分かった。
どれくらい潜ったのかはよく分からないけれど、とにかく階段が終わったことにほっとする。ただ、その先にはやっぱり石造りの廊下が続いていた。だいぶ地下に潜ったせいか、空気がひんやりじっとりとしてる。
「少し長いけれど、ごめんなさいね。『龍の卵』を安置しておくためのスペースを取るために、どうしても必要だったらしいのよ」
「はあ……」
よく分からないけど、少なくとも目的地には続いているらしい。そりゃまたありがたいことで、なんて思う間もなくぐいと胸ぐら引っ張られた。はいはい、行きますよまったく。
そうしてちょっと歩いたところで、やっとでっかい扉の前に到着。神官長さんがドアノブというか鉄の輪? みたいなところに手のひらをかざすと、かちゃりと音がした。
げ、魔術式ロックかよ。……中身考えるとおかしくねえか、うん。
「さあ、どうぞ。これを見たかったのでしょう? 白の魔女サマ」
おうおう、嫌味たっぷりに呼んでくれるよ。そんなこと言いながら扉の中に俺を引きずり込んで、神官長さんは何かすっげえ嬉しそうに笑みを浮かべた。
扉の外とは対照的に明るいし空気乾燥してるし何か温かい、そんな空間が広がっていた。階段をえらく降りてきただけあって、天井がものすごく高い。広さも高さも学校の体育館とか、そのくらいは確実にあるな。
その空間の真ん中にでかい土台が作られていて、その上に……大型バスくらいは平気で入りそうな珠、みたいなものが置いてある。……いや、これ魔力で作られたもんだ。光の盾みたいな感じで、それを固定化してる。
そうか、これが。
「これがあなたの見たかった『龍の卵』。黒の神に仕え世界を壊そうとした愚かな使い魔を封じ込めて、この総本山のために働かせている結界よ」
まるで自分自身が神様か何かのように、神官長さんは胸を張ってのたまった。




