212.近寄りがたいもの
コウリンさんに案内されて、神殿近くのいろんな建物を見て回る。喫茶店はともかく、その他は礼拝堂とかお墓とか。お墓、総本山から太陽神さんの元に帰りたいって人も多いらしくて結構あるんだよね。
……『異邦人』のお墓は、表からは見えないところに小さいものがあっただけだった。骨壷もものすごく小さくて……カズヒサさんの壺を思い出して、何というかどんよりした気持ちになる。コンゴウさんみたいな人の考え方とかからすると、墓に入れてもらえてるだけ、マシなのかも知れないけれど。
「タチバナ殿は、こちらが聞きにくい話でもちゃんとおっしゃってくださって、本当に助かっています。言葉も選んでくださってますので、書類も作りやすいですわ」
「隊長はそういう人なんですよ。自分のことはろくに考えないので、ちょっと困っているんですが」
で、微妙に俺がヘコんでいるのが分かってんのか何なのか、コウリンさんはカイルさんやソーダくんの話をしてくれた。アオイさんの言葉は……本音だろうね、あれ。
ちなみにノゾムくんは、えらく不機嫌そうにカイルさんの後ろに控えてるだけだとか。おいおい、ちょっとは愛想振りまいた方がいいんじゃねえか? アオイさんの弟だけあって、結構イケメンなんだからさ。
「私たちには言葉は分かりませんが、ソーダくんは大人しくていい子ですね。ただ少し元気が無いので、早めに合流できるよう頑張ってみます」
「……そうか。タケダくんとも仲がいいので、それでかも知れませんね」
『そーだくん、はやくあいたいなあ』
ぱたぱたぱた。ソーダくんの話が出てくると、タケダくんが分かりやすく反応する。ので、コウリンさんもタケダくんの考えてることは何となく分かるようだ。
「タケダくんも、ごめんなさいね?」
『わーい』
頭なでられたら素直に喜ぶので、コウリンさんが悪い人でないのは分かってるんだけどねえ。
道を歩きながら、ふと気がついた。何かさっきからちらちら視線感じると思ったけど、信者さんとか神官さんとか、ちょっと距離置いてこっち見てんだよね。耳打ちしたりとか、何か気分悪い。まあ、珍しいのかもしれないけどな。
アオイさんも気づいていたのか、声を落として呟いた。
「……えらく遠巻きに見られてますね」
「白のお使い様と、それから私でしょうね」
「コウリン、さんですか」
あれま。タケダくんが原因なのは何となく分かってたけど、コウリンさんもなのか?
そんなこと考えたのが俺の顔に出たのか、コウリンさんはちょっと済まなそうに笑って首を傾げた。
「ま、諸事情で出世街道から外れてるんですよ。そういう者につくのは、さすがに面倒でしょう?」
「何だ。太陽神教の総本山と言っても、市井と大して変わらんのですな」
「まあ、いずれにしても人は人ですからねえ」
アオイさんの吐き捨てるような台詞に、思わず頷いた俺は悪くないよな。何しろ、自分が『異邦人』であること隠してるわけだし。……カイルさん、俺頑張ってるぞー。
まあ、周囲の目を気にしてもしょうがないのでそのまま通り過ぎる。泊まってる部屋の近くまで、ずーっと送ってもらう形になった。ムラクモ、どこらへんうろついてるんだろうな。
で、部屋の前でコウリンさんが、気がついたように「ああ、そうそう」と手を打った。
「神の使い魔についてですが、それっぽい資料が図書室の閉架……ええと、奥の方にしまい込まれた資料の中にあったと思います。私、そこの資料整理したことあるので」
おや。シノーヨと同じく、ここにも資料あったんだ。じゃあ、コーリマにも探しまくったらあるのかもしれないな。それと、イコンと。
「閉架ということは、閲覧許可を得る必要がありそうですね」
「はい。私だと今は取れないと思いますので、ごめんなさい。でも、尋ねてみる価値はあると思いますよ」
「ありがとうございます」
コウリンさんは俺たちに頭を下げると、そのまま離れていった。……彼女だと取れないのか、閲覧許可。
差別される立場にいるのか、あの人。何か腹立つなあ、くそっ。
「……基本的には、敬虔なる太陽神様の信者の集まりといった感じでした」
夕食のちょっと前になって、ムラクモがおやつ食いながら帰ってきた。「おみやげ」と出してくれたのは、はちみつ飴というらしい……向こうのお祭りの屋台なんかで似たようなの売ってるの見たことあるけど、あっちじゃりんご飴とかそういう名前だったなあ。
「ただ、少し気になる話がありました。神官ではなく、漁師の方だったんですが」
まだもう少し食事までは時間があるので、アオイさん共々はちみつ飴を口にする。おう、中身やっぱり小さなリンゴか。甘くて美味しい、と思うのは女の身体になったから、かね。男の時はそんなに甘いの好きでもなかったし。
「漁師の住む集落や農民の集落にもそれぞれ、神官が常駐しているそうなんですが……この神官の入れ替わりが少々激しいそうです」
「入れ替わり?」
「転任というのであれば納得もできるんですが、集落を離れた神官をその後一度も見たことがないとか」
どこまで話聞きに行ったんだろう、というのは考えないことにする。とりあえず、ムラクモの話に集中しよう。中のリンゴ、しゃりしゃりして美味いなあ。もぐもぐ。
「別の……例えば島外に赴任した、というのでもなくか?」
「詳しいことは分からないんですが、入れ替わりも急なことが多くて別れの挨拶もできないそうで」
「ふむ」
あー、確かにそりゃ怪しいよね。そう頻繁に入れ替わるような人事でもなさそうだし、そんな急に配置転換とかおかしいだろ。
「分かった。ただ、余り深く踏み込んでも怪しまれるだけだからな、気に留めるだけにしておけ」
「分かりました」
とはいえ、アオイさんの結論はまあ妥当か。詳しいこと調べようとしたら、正直何が起きるか分からないもんなあ。こっちだけならともかく……カイルさんやノゾムくん、ソーダくんに何かされたらたまったもんじゃねえ。
ぱたた、と翼が羽ばたく音で、ふと我に返る。タケダくんが、俺のことをじっと見てた。
『えっと。いまのおはなし、ないしょしてればいいの?』
「うん、そうだ。タケダくん、今の話は他の誰にも内緒だぞ」
『はーい、わかったあ』
口止めする必要はない、こともない。他の伝書蛇と話をして、そっちから漏れる可能性だってあるわけだしな。
それにしても、配置転換された神官さん、どこ行ったんだろうな。




