211.森の中てくてく散歩
総本山についてから、2回寝た。つまり3日目の朝。昨日は神殿とか割と基本的なところを見学したんだけど、今日はもうちょっと奥の方というか、普段あまり人様には見せないだろうエリアを見学させてもらえることになった。
で、やってきたのがちょっと森の中に入ったところ。静かなところに建物があって、中に入るとたくさんの棚。その上に葉っぱがいっぱい敷き詰められていて、イモムシがむしゃむしゃとそれを食べていた。葉っぱは中にいる人がせっせと補給してるので、そうそうなくなることはなさそうだな。
案内してくれたテンクウさんが、にっこり笑って説明してくれた。
「こちらが、お衣装用のカイコガを育てている養殖場になります」
「繭から糸を取るのでしたね」
「ええ」
あー。そうだ、シルクだシルク。カイコの繭から糸取って、それで布織るんだよな。つか、そういうのも育ててるんだ。総本山ってのも、結構大変なんだなあ。
ふと、肩の上でタケダくんがそわそわしてるのが分かった。何見てんだお前?
『あのはっぱ、おいしいのかな?』
「カイコ用だからなあ。見ろよ、一所懸命食ってるし」
『そうだねー。かいこさんのごはんだから、とっちゃだめだね』
「そういうこと」
……お前、どっちかっつーと肉食だろうがよ。いや、サラダもぱりぱり食ったりするけどさ、でも肉のほうが好きじゃねえか。カイコの餌の葉っぱ、タケダくんには合わないと思うぞー。
「じょ、ジョウ。タケダくんは何と」
「あ? カイコの餌美味いのかなって聞かれたから、カイコ用だからって答えたんだよ。そしたら、ご飯取っちゃ駄目だねって」
「そうか。うむうむ、さすがタケダくんだ」
例によって例のごとく、ムラクモはタケダくんガン見である。テンクウさんやここにいる神官さんの大多数が見る視線とは違うから、タケダくんもおとなしく撫でられてるんだけど。
ムラクモは単に、『可愛い伝書蛇』としてタケダくんを愛でてるだけだもんな。神官さんの中からたまに見える、何でお前のような奴に白い伝書蛇がついてるんだなんて視線、まったくねえし。
「島の反対側には農場もありまして、綿や野菜を作っております。ただ、この島で作れる種類には限りがありますので島外から輸入するものもありますが」
「まあ、確かにそうですね。こういう気候だと、寒いところで取れるものは作れないでしょうし」
「それと、乾燥した土地を好むものですね」
カイコの養殖場を離れて森の中の小道をてくてくと歩きながら、テンクウさんがいろいろと教えてくれる。アオイさんの言うとおり、ここはそこそこ暖かい気候だそうなので寒い土地の野菜なんかは無理だろう。寒いとこってーと、大根とかかね。煮込んだら美味いのに。
ま、島の外から持ってきてもらえるんなら不自由はしないだろうけどさ。
そんな感じで、神殿近くの喫茶店までやってきた。軽食もやってるそうで、要はたまにやってくる観光客とか見学者とか、そっち向けのお店なんだそうだ。
そこまで連れて来てもらったところで、テンクウさんが「申し訳ないのですが」とおずおずと切り出してきた。
「しばらく、こちらでごゆっくりなさってください」
「あれ、テンクウさんは?」
「普段している仕事がございまして。ちょっと片付けてまいりますね。交代要員もすぐに参りますがそれまで」
「はい、分かりました」
ああ、そりゃそうか。テンクウさん、普段は別の仕事してるって当たり前だよなあ。俺たちの方がイレギュラーなんだから。まあ、代わりの人が来てくれるのならいいかな、と思う。
……思って見送ったところで、アオイさんが「ムラクモ」ともう1人の名を呼んだ。
「はい」
「ここは良い。道に迷ったとでも言って、内情をざっと洗ってこい」
「承知」
タケダくんにデレデレしてたのはどこへやら、速攻キリッと顔を引き締めて、そのまま店には入らずするすると森の中へ戻っていく。周りの人が何とも思わないところ見ると、あれ気配隠してるのかもしかして。さすが忍び。
というか、このタイミングでムラクモを離れさせたアオイさんって。
「……人様のところだから何があっても知ったことではないが、こんな機会はめったにないからな」
「確かに」
ですよねー。
ま、詳しいことは聞けないかも知れないけど、でも推測の材料にはなるだろうしね。
さて。
「ところで、何か飲みます? お茶飲めるみたいですし」
「そうだな。タケダくんも、水でももらうか?」
『おみずー』
せっかく喫茶店の前にいるんだから、お茶飲んでかないとな。観光客向けなら、そんなまずいの置いてないだろうし。
そういうわけで入ったお店のお茶は、やっぱり絶品だった。メニューを何とかかんとか読むと、やっぱりどこぞからの輸入品である。ちょい高いのは、まあ輸入ならしょうがねえやな。
で、飲み終わって店を出たところで、別の神官さんが笑顔全開でやってきた。金髪の、ちょいぽっちゃり系。あー何か和むぞこういう人。
「こんにちはー。白の魔女様、ですよね」
「あ、はい」
「コウリン、と申します。テンクウさんのお仕事の間、交代要員で参りました」
この人が交代要員かあ。どうも、と俺とアオイさんが頭を下げると、コウリンさんというその神官さんはするするとやってきて小声で囁いてきた。
「小さい伝書蛇、ソーダくんでしたか。お元気ですから大丈夫ですよ、安心してください」
「え」
『そーだくん、げんき? よかったあ』
「ご存知なので?」
タケダくんが素直にぱたぱた、と翼を羽ばたかせる。お前はいいんだけど、いきなりソーダくんの名前出されてこっちも警戒するよう。
でもまあ、コウリンさんは単純に好意から教えてくれたみたいだった。
「タチバナ殿のお話を、伺っているのは私です。その時に、機会があれば白の魔女様にこの事をお伝えしてほしいと頼まれておりまして」
「カイルさんの?」
「はい。タチバナ殿とおつきの方もお元気ですから、ご安心ください」
「……良かった。まだ小さい子なので、心配してたんです」
いやまあ、全力で信頼したわけじゃないけどね。でも、一応話が聞けただけでもホッとしたというか。ホント、ソーダくんまだ小さいから。
それと、アオイさんもこっそり胸を撫で下ろしてるのが分かる。カイルさんと一緒にいるの、ノゾムくんだもんなあ。弟のこと、やっぱ心配だよね、うん。




