210.信じるのは自由だが
サクラ・ノゾム視点です。
正直に言うと、つまらない。
せっかく太陽神教総本山まで船で3日もかかってやってきたのは、確かに隊長の護衛という任務をもらったからだ。だけどそれは、ジョウさんのお話を聞きたいっていう総本山側の思惑に乗ってのものだ。つまり、ジョウさんと一緒に総本山に行って、一緒に神官長様のお話を聞いたり施設の見学なんかもできるんじゃないか、って思って。
だから僕はOKしてわざわざ来たのに、何でジョウさんたちと別行動させられなきゃならないんだろう。というか、隊長何も悪いことしてないのにあのコンゴウとかいう神官はものすごく嫌そうな顔してこっち見てたし。船の中からずっと隊長のこと見張っててさ。何だよ、あれ。
「俺が『異邦人』の息子だって分かっているからだよ。そういう神官も、時々いるんだ」
隊長はそう言って、だから神官も悪い人ではないなんて言うんだけどさ。それで余計、むかつくというか。
隊長のお母様であるカズヒサ様のことは、僕はあんまり覚えていない。小さい頃に何度か、姉に連れられて会ったことがあるだけだ。そのうっすらとした思い出の中で、カズヒサ様は女性なのにどこか男らしいというかしっかりしたところがあって、それが僕は好きだった、気がする。
ジョウさんもカズヒサ様に似た感じの性格で、だから僕はジョウさんのことが好き、なんだと思う。今のところも向こうにはそういう相手として認識されてないみたいだけど、少しは意識してもらえたらいいなあ。
だから、総本山に一緒に来るってのはその意識してもらうチャンスだったのにー!
「しゃ?」
「ううん」
とりあえず、今はジョウさんから預かったソーダくんの面倒を見ている。といっても、ソーダくんはおとなしい子だから今のところ何の問題もないんだけどね。食事もちゃんと、ジョウさんから携帯食とか預かってるし。
さて。今僕たちは、というか隊長は、神官の事情聴取を受けている。といってもさっきの失礼な神官じゃなくて、別の人が来てくれてるんだよね。
「つまり。その黒の魔女は男性であれば、ほぼ確実に思考を支配できるということですか」
「はい。その……お恥ずかしながら、自分も一度手に落ちました」
「あらら」
コウリンという名前らしいんだけどその彼女は、金色のショートヘアを揺らしながら笑った。あー、何かほっとする感じの笑顔だな。全体的にふっくらした感じで、ユウゼのレッカさんが着てるのと同じような服装で。
「イコンの特使殿はある程度抵抗はできていたようですが、それでも逃げることはできませんでした」
「ふむ。さすがに、黒の信者には耐性があったようですね」
僕は隊長の護衛ということで、彼が座っている後ろに控えている。だから隊長の表情は分からないんだけど、でも普通に会話してるところを見るとまあ、大丈夫そうだな。
それに、隊長が黒の魔女の手に落ちたなんていう話をしてもコウリンさん、こっち睨んだりしなかったし。ただ、手元の紙にしっかりその辺は書きつけているけどね。
「それでも、コーリマの砦では黒の信者も死体となって発見されたのですか」
「はい。すっかり干からびて、しわしわの状態になっておりました」
「黒の魔女にとっては、同じ神を崇める信者ですら魔力の糧でしかない、ということですのね」
かつかつ、とペンを動かす音が響く。……しばらくして、ふうと小さく溜息をつくのが聞こえた。
「口にしにくいこともおっしゃってくださって、助かりますわ」
「いえ。逐一報告することで、被害を食い止めることができればそれに越したことはありませんから」
隊長は、いつもこんな感じでモノを言う。自分のことって、あんまり口に出さないんだよな。カズヒサ様のことでこう、コーリマ王都にいた頃は大変だったらしいからそれでかな。
だから、少し考えてから隊長が続けたのには僕、ちょっとびっくりしたかも。
「……それにしても。話を聞いてくださるのがあなたのような方で助かりました、コウリンさん」
「あら、なぜ?」
「その……こう言っては何なのですが、コンゴウ殿あたりに聞かれるのかと」
「ああ」
いやほんと、僕もそう思ってたんだよね。あの、男か女か近くで見てもはっきりしない神官が隊長の事情聴取担当だったら、僕は今頃こうやって大人しく護衛をできてたかどうか分からない。
ただ、あの神官がここにいない理由はまさにそこにあったらしい。
「コンゴウ殿は故郷でちょっとありましたようで、あまり『異邦人』に好意を持ってないんです。ですが、そういった者にあなたと話をさせても、立ち入った話は伺えませんでしょう?」
「……まあ、それは」
隊長のお母上が『異邦人』であること自体は、それなりの偉い人なら大体知っている事実だ。というか、王都にいるセージュ殿下とミラノ殿下以外に存在する唯一の、コーリマの王子なんだからね。
ま、それならそうだよね。『異邦人』に偏見を持ってる相手が隊長に話を聞くとしたら、やっぱりその中に偏見は生じるわけで。総本山にもちゃんと分かってる人がいるのには、ほっとした。
「私は友人にイコンの民と『異邦人』がおりましてね。そちらを知っていることもあってか、人より偏見は少ないと思います。もちろん、当事者の方々にしてみればどうかは分かりませんけれど」
「え?」
「……イコン、ですか」
それでもって、彼女が口にした話にはさすがに目をむいた。ぱたた、とテーブルの上でソーダくんが羽ばたいた音もする。
「子供の頃ですが、物資の買い入れに故郷の街を訪れたイコンの一家がご近所に住んでいたことがありましてね。そこの年の近いお子さんと……もうお子さんなんて年齢じゃないんですが、今でもたまに文通していたりするんですよ。そういった関係で、こういう場には私が引っぱり出されることが多いんです」
「なるほど……」
それ、ありなのかな。イコンは黒の神信仰の国で、そこの人と太陽神教の神官が文通って。あ、でもお互い、相手の動向探るのには良いのかな。まあ、そのへんは僕みたいなガキの考えることじゃない。
「それにしても……白の魔女と黒の魔女、ですか。同時に現れたというのは、何かの前触れなのかしら」
話が途切れたところで、コウリンさんが方向を戻した。というか、その先に行っている。
白の魔女はジョウさん。黒の魔女はシオン……ジョウさんの、元の世界での友人だって聞いている。でも、それは一応口外しないようにって隊長と姉から厳しく言われているんだよな。
もちろん、口にするつもりはない。そんなこと話して、ジョウさんに何かあったら大変だもの。コンゴウ神官のようにただでさえ『異邦人』を嫌う人がいるっていうのに、そこに敵の魔術師の元友人なんて情報まで出しちゃったら大変だから。
だから、別の話を出すことにしたらしい。隊長が。
「神の使い魔の復活も、気になる点ですね」
「まあ、大丈夫でしょう。白の魔女様がおいでになったからには、太陽神様のお心がきっと人々をお守りくださいますわ」
……これは、太陽神教の悪い点だってだいぶ前に聞いたことがある。誰からだっけ、姉上からかな。
何でもかんでも、太陽神様を信じていれば大丈夫なんだって。それで話が済むはずがないのにな。
「それが本当なら、コーリマ王都は守られたはずなんですがね」
「そうですね……王家の皆様の、信心が足りなかったのかしら」
つい、きつい言葉が口に出た。なのにコウリンさんは、のほほんと答える。王家の信心が足りないだって? 冗談じゃない。第一。
「たかが数人の信心程度で左右されるほど、太陽神様のお心は狭くないと思うんですが」
「ノゾム」
言ってしまったところで、やっと振り返った隊長に名前を呼ばれて僕は我に返った。慌てて顔を上げると、ソーダくんとも視線が合う。
「しゃあ……」
「……すみません、差し出がましい口を利きました」
「……いえ。私も、ちょっと考えが足りませんでしたわね。ごめんなさい」
ソーダくんにだめだよ、と言われたみたいで、僕は頭を下げた。コウリンさんの言葉にはちょっと驚いたけど。
そんな僕とコウリンさんを見比べてから、隊長が口を開いた。
「確かに、コーリマ王都の信心が足りなかったのかもしれません。ですが、黒の魔女を名乗る1人の女のせいで多くの民が壊された。その中には、あの街で一番太陽神様を信じておられたはずの神官たちも含まれています……それだけは、ご理解いただきたい」
ああ、結局隊長に迷惑掛けただけか、もしかして。
こんなんじゃ、ジョウさんに胸張ってなんて会えないよ。ちくしょう。




