189.資料の山
食事が終了して落ち着いたところで、俺たちはやっぱり大公さんに連れられて図書館に向かった。なお、落ち着くというのはムラクモの使い魔ハァハァも含む。……ギヤの街にいる間、何回ハァハァするんだろうなあ彼女。
「図書館、というても大したもんじゃないんじゃよね。うちの離れを1つ、書庫にしておるだけじゃし」
先導する大公さんが言うところの離れ、は小さなコテージだった。裏に門があって、そちらにも門番さんがいる。ちゃんと許可を貰えれば、誰でも中に入って蔵書を読むことができるんだそうだ。
入り口の引き戸を開けて中に入ると、すぐ横にカウンターがあって職員さんらしい人が座っている。その人が、大公さんを見て慌てて立ち上がった。
「大公殿下、いらっしゃいませ。そちらがお客様ですか」
「うむ。奥の特別室を使うぞ」
「ど、どうぞ。準備は済ませてございます」
どうやら俺たちは、奥にある別室で作業させてもらえるらしい。ありがたく、皆で頭を下げた。
で、もちろん警備してるのは兵士だけじゃなかった。カウンターの上にちょこんと、伝書蛇が鎮座している。
「しゃあ」
「おお、よしよし。フーテンや、任務ご苦労じゃの」
今度はベージュ色の、ソーダくんと同じくらいの小さな子。この子もどうやら大公さんの使い魔なんだね、うん。
その子を大公さんは、自慢気に紹介してくれた。
「この子はフーテンと言うてな。本を読むのと虫退治が大好き故、自らここの守りを買って出てくれておるんじゃ」
「虫退治、ですか?」
「ああ。書物の日焼けを防ぐためにあまり日が入らないようにしてあるから、虫が湧きやすいんだよ。ここ、ただでさえ暑いしな」
グレンさんがさらっとしてくれた解説で、納得した。暑いから虫とか、逃げてくるんだ。それをこのフーテンは、退治してるんだな。趣味と実益兼ねて。
「あとのう。その虫を食いにネズミやらトカゲやらが入って来てなあ……」
「しゃ!」
「……それも、フーテンが退治してくれるんですね」
『わあ、すごいねえ!』
『ええ、さすがです。おのれのつとめを、ひびはたしておられるのですね!』
うん、大公さん言わなくても分かった。フーテン、えっへんと胸張ったもんな。タケダくんとソーダくんの感心した様子も、それを物語っている。
さて。
「……」
「ムラクモ、大丈夫か? 顔がこわばっているんだが」
「だだだだいじょーぶですっ」
カイルさんも呆れつつ声をかけるのがよく分かる。ムラクモ、緩みそうな顔を必死に固めてたんだよなあ。フーテンも、小さいし結構仕草可愛いし。……俺もどんどんムラクモ化してる気がするな、やべえやべえ。
「はいはい、伝書蛇に見とれてないで資料見ましょうねー」
「わわわ分かっているっ! 押すな、押すんじゃないタクトっ」
で、まあ空気を読まないことにしたらしいタクトに背中を押されたムラクモを伴って、大公さんが「こっちじゃよ」と手招きをする方に進んだ。背後から聞こえた職員さんの「がんばってくださいねー」という言葉にちょっと涙ぐみそうになりながら。お仕事、ご苦労さまです。
ちょっと厚い扉の奥にある特別室は、さすがに狭かった。いや、六畳間くらいはあるんだろうけどさ、そこにテーブルと椅子と山積みの本と、それから何か石版が数枚あるんだよね。
「黒の魔女については、大昔にアキラっちがぶっ飛ばした輩の話を聞いておったからの。その話を思い出したんで、急いで警戒網を敷いておる」
その椅子に俺たちを座らせながら、大公さんはぽつぽつと話をしてくれた。ああ、焼いて潰して粉にしたってアキラさんが言ってたあれかあ。
「魔女の魔眼については、各自守りを固めさせておるとともに女子衆を中心に警備を再編成させた。わしの使い魔たちにもその辺、重々言い含めておるえ」
『ぼくもがんばるー』
『もちろん、わたしもじょうさまをおまもりします』
使い魔と聞いて頑張る意思を明確に、言葉と広げた翼で示すうちの2匹。うん、俺も自分で自分守れるくらいには頑張らないと駄目だよな。もう、あんなことにはしたくねえよ。カイルさんが次あんなことになったらどうすりゃいいんだ、ったく。
「じゃが、黒の神に使い魔がおる、などということについてはさすがのわしらも知らなんでな。よもやと思うて、古文書をひっくり返してみたんじゃ」
「それが、これですか」
「うむ。こちらの書物と、この石版の記述がおそらくそうであろうという結論になってな」
カイルさんが手を置いた石版も、どうやら資料らしい。あー、紙ができる前とかに文字刻んだりしたんだろうなあ。
グレンさんが書物の1冊を手にしてペラペラとめくり、ふと視線だけを大公さんに向けた。
「で、俺らに見せた理由って何すか。シノーヨでも研究してるみたいだし、その結果を持ってくればよかったんじゃ」
「まあなあ。坊主が言うのも分かるのう」
何か挑発的だな、と思うグレンさんの物言いに、大公さんは平然と返した。ここらへんはやはり年の功ってやつだな、うん。
「ただ、わしらシノーヨはあまり黒の攻撃を受けてはおらん。故に、我らの知識だけでは偏った解釈になるやも知れんのじゃ」
「そうなんですか? そういえば、シノーヨにはあまり『異邦人』がいないって話も聞きましたけど」
「そうじゃ。黒の者がほとんどおらぬ故、その手で引きずり込まれてくる『異邦人』もほとんど見かけぬ存在じゃ。故にわしらは、『異邦人』の考え方や何やらはさほど知らぬ」
タクト、俺目の前にしたからかなその質問は。まあ、この場にいる『異邦人』は俺くらいだし、シノーヨにほとんどいないって話はスオウさんから聞いてるし。そっか、黒の信者があまりいないとそういうことになるんだ。
「ユウゼ、ひいてはコーリマの目で、この書物を紐解いて欲しいんじゃよ。できればイコンの者にも読み解いて欲しいんじゃがね」
「黒を知る者の目で読めば、また違った解釈が現れる可能性もある。そういうことですね」
「うむ。……頼むぞえ」
俺が口にした言葉に、大公殿下はおそらく年齢に比例した感じの深みのある瞳で、そう答えてくれた。
よし、頑張らなくちゃ。




