184.覗きの代償
「申し訳ない。うちの部下が」
「あはは、若気の至りってやつじゃないか。元気のいいのはいいことだよ?」
お風呂を出たところの廊下で、ラフな格好のカイルさんが俺たちを待っていた。で、俺たちと一緒に出てきたネネさんに頭を下げる。
なお当の覗き犯人は、同じく風呂あがりのラフスタイルなグレンさんと一緒にスオウさんに首根っこ掴まれてつま先立ち状態、でカイルさんの背景になっていた。スオウさん、楽しそうな顔してるなあ。掴まれてる2人の引きつった表情とは、分かりやすく対称的だ。
で、カイルさんに笑って答えたネネさんは、その笑顔のままでグレンさんに視線を移した。
「というかグレン。あんた、止めなかったのかい」
「まさか、あの壁登るとは思ってなかったんで。仕切りの上からムラクモが降ってきたのは驚いたんですが」
肩すくめたグレンさん、直後にスオウさんに軽く襟首引っ張られてひっと口の端が引きつった。タクトはまあ、顔こわばっちゃって声も出ないみたいだなあ。
「ああ、壁飛び越えてましたからねえ。そりゃ驚くでしょ」
「あのくらいなら何とかなる」
『むらくもおねーちゃん、すごいよねえ』
『すばらしいしんたいのうりょくですねえ。さすがはしのび、です』
いやまあ、タオル1枚ですっ飛んでくの見送ったからついため息ついたけど、それを褒め言葉と取ったのかよく分からんムラクモの答えには肩をすくめるしかないな。
タケダくんとソーダくんは……まあ、純粋に能力だけ見りゃ確かにすごいけどな。うん、そこは認める。
「さてと。あたしは良いんだけどジョウ、ムラクモ、この坊やたちどうすんだい?」
「え」
うわ、いきなり話振られた。いや……どうすんだって言われてもなあ。覗かれてた自覚ほとんどねえし。
というか、俺は良いんだけど横にいるムラクモが何かやる気というか、さ。
じゃ、任せるか。
「うーん……ムラクモ。俺が文句言うより効果はあるだろうから、任せちまっていいか?」
「任されよう」
話を振ってみると、ムラクモはにやありと楽しそうに歯をむき出して笑った。あー、ばっちりやる気だこれ。
というか、すたすたスオウさんに歩み寄ってタクト受け取ったし。
「申し訳ない、これはこちらで仕置きしておこう」
「おう。明日は出るから、ほどほどにな?」
「お任せを。さあとっとと来い、今宵は念入りに縛ってやるぞ」
「ぎゃー! すみません僕が悪かったです、もう二度としませんからあああああああ!」
そのまま、さすがに持ち上げたままにはできないらしく例によってずるずる引きずられていくタクト。いや、悲鳴あげてももう遅いから。「がんばれよー」と手を振って見送ってみる。
と、カイルさんがその後ろ姿に向かって声を上げた。
「ああ、あとでグレンも頼むぞ」
「承知いたしました!」
「俺もっすか!?」
間髪入れずに返事したムラクモと、ほぼ同時にグレンさんも悲鳴をあげる。というか、グレンさん覗いてないのにか?
俺はそう思ったんだけど、普通はそうじゃないのかネネさんは「当たり前だろ」と答えてみせた。
「止めてないからねえ。同罪っしょ、グレン坊や」
「うへえ……」
げんなりしたグレンさんを持ったまま、スオウさんは俺たちとグレンさん、カイルさんを見比べていた。しばらくして、小さく鼻を鳴らす。
「ま、あきらめろや。独り身だし、女に興味持つのは悪いこっちゃねえがこんな若い子と、ましてうちのネネが入ってるところを覗かせて止めねえのは罪だなあ?」
「ひい! すんませんでした師匠ー!」
……ネネさん覗かれたのが問題だったのか、スオウさん。さすが夫婦、といっていいんだよね? これは。
ははは、と襟首掴まれてるわけでもないのに顔引きつらせてると、タケダくんがとんとんと頬をつついてきた。
『ままー』
「どした?」
『かいるおにーちゃんね、ままみてかおあかくなってるよ?』
「はい?」
言われて、カイルさんに目を向ける。うん、一瞬で視線そらされたけど確かに頬赤い。……いやでも、風呂の後なんだから当然だよね? いい湯だったし、血行良くなってるだろうしさ。
「どうしたんですか、カイルさん」
「ああ、いや、何でもない」
よく分からんので聞いてみるけど、そう言われてかわされた。かわされた、ってのは分かるんだよなあ何か。
その代わりに、両肩を横から掴まれた。上から掴もうとすると、タケダくんとソーダくんが邪魔だからだろうが。
「それより、夜はそれなりに気温が下がる。湯冷めしないように、早く寝なさい」
「はあ……はい。おやすみなさい」
あー、夏風邪って変な引き方するもんなあと思いながら、素直に頷いた。俺の返事聞いて、カイルさんは「よし」と頷くと離れる。それから、スオウさんと視線合わせた。
「んじゃ、せっかくなんでこのままグレン連れてくわ」
「すまん。グレンもあきらめて、明日まで縛られておけ」
「うへーい……」
ああ、もう観念した顔してる。そのグレンさんを持ち上げたままのスオウさんと一緒に、カイルさんは歩み去っていく。寝る部屋は、男女でちょっと離れてるからな。
「んじゃ、おやすみー。ネネ、彼女頼んだぜ」
「はい、おやすみなさい」
「任しときー」
肩越しにこっちを振り返ったスオウさんに、俺は大人しく頭を下げた。
……タクト、グレンさん、明日大丈夫かなあ。




