178.荷物はそんなに重くない
「準備はできたかい? ジョウ」
「あー、はい。できてます」
カイルさんに呼ばれて、そこそこ大きめのかばんを持ち上げる。数日分の下着と換えのローブ、伝書蛇たちの携帯食に持ち運び用の寝床。そんなに多い荷物じゃないのは助かるなあ、と思う。
「タケダくん、ソーダくん、行くよー」
『はーい、まま』
『おでかけです!』
2匹の伝書蛇は、するすると肩に上がってくる。呼ばなくてもずっと一緒にいるからいいんだけどね。
……コーリマ王都直前で引き離されたのが結構ショックだったらしくて、特にタケダくんは前にもまして俺にべったりなんだから。
俺は、もうユウゼに帰ってきている。王都にいたのは都合1ヶ月あるかないかくらいだった。
その間に王都の人たちをぺたぺた触ったりおっさんとかビンタしたりして黒の気を抜いたり、荒れた街中の掃除とか手伝ったり、亡くなった人たちの葬式をしたりした。そうこうしてる間に、コーリマの地方都市から無事だったお役人さんとか軍部隊とかがかき集められて、王都はそれなりに再起動……した、と思う。
いや、結局色ボケしたままの人たちも多くてさ。辺境の街にある療養施設とかに分散して収容されたんだ。だから、軍人さんが増えて一般住民が減ったって感じで。食料とか風呂屋とか、いろんな店が閉まっちゃってるんだよね。……向こうでいうところのシャッター通り、みたいな。
でも、その寂しくなった王都から、俺やカイルさんたちユウゼの傭兵部隊は王姫様や正気に戻ったミラノ殿下たちに送り出されて、既に帰ってきている。それからも、もう1週間は経っていた。
「ほんとに良かったんですか? コーリマほっといて帰ってきちゃって」
「そうは言っても、結局はよその国の話だからね。あまり俺たちが深く関わるわけにはいかないんだよ」
帰る道すがら尋ねた俺に、カイルさんはそっけなく答えたっけ。珍しくよそ見ながらの返事だったから、他に思うこともあったのかな。……お姉さんとお兄さん置いて、生まれ故郷がまだまだ復興してないのに帰ってきちゃうんだから、まああるよねえ。
でも、ふとこっちに視線戻したカイルさんの顔はそういうのとか感じさせない笑顔だったけど。
「ユウゼがコーリマの支配者になるなら、別だけどね」
「……それは、ちょっと」
「だろう?」
そりゃまあ、そうか。俺たちがコーリマのトップに立ちまーす、とかなら責任持って復興させなきゃいけないけどさ。でも、確かに他所の国の話であって、それに王姫様やミラノ殿下が自分たちでやるつもりって言ってたし。
「コーリマは我々の国だ。立ち直るためにも、私やミラノが先頭に立って働かなければならん」
「カイルや君たちは、ユウゼの部隊だからね。ちゃんと、自分たちの仕事をしなさい」
王姫様、そしてミラノ殿下。2人の王族はそう言って、俺たちをコーリマから送り出した。ユウゼに帰って、やることがあるから。
で、まあそのやること、のための旅支度を済ませた俺が、ここにいるわけで。
「コーリマのことはコーリマに任せておくしかない。けれど、こちらには今やらなければならないことがあるからね」
「シオン……ですね」
「そう。彼女がまた、どこかで同じことをやらない可能性はないと言っていい。その前に、どうにかしないと」
そう。
そもそも、コーリマ王都がえらいことになったのは黒の魔女、を名乗るシオンのせいだ。あいつは黒の神の使い魔を復活させるために王都に入り込んで、ぐちゃぐちゃにしたんだよな。
その使い魔、ゲンブに関する記録は結局、王都じゃ見つからなかった。けど、あの後速攻でシノーヨに戻ったスオウさんからの連絡で、それっぽい資料がシノーヨの都にある図書館で見つかった、らしい。
俺とカイルさんは、その資料を見に行くことになったわけだ。ついでに、シノーヨのトップである大公に俺の顔を見せに行くらしい。……いつの間にか白の魔女、なんて呼ばれ始めてる俺の顔を見せといて、黒との戦いに協力してくれって頼むんだとさ。
「君には本当に負担をかけることになるな。すまん」
「ラセンさんとアキラさんが考えてくれてんだから、そのうち楽になると信じてますよ。……あんな状況にならないのが一番、なんですけどね」
真面目に済まなそうな顔をカイルさんがするので、俺もしょうがねえなーと答えるしかない。今のところ、黒の気に汚染された人を簡単に助けられるの、俺だけみたいだし。いや、触ったら黒の気がぽろっと落ちるなんて簡単な手段、なかったんだとさ。タケダくんみたいな白い伝書蛇は今まででもいたらしいんだけど、何でかね。
それに、もういっちょ疑問。
「それで、俺がシノーヨ行くのはいいんですよ。俺、こっちのことはまだまだよく知りませんし、魔術師として勉強しなくちゃならないしで」
よいしょ、とかばんを肩にかけて歩き出す。カイルさん、俺自分の荷物は自分で持つんでその手は引っ込めてくれよ。
「でも、何でカイルさんまで一緒なんですか? 一応隊長なんですから、ユウゼでちゃんと指揮取った方がいいと思うんですが」
「いや、アオイやハクヨウが、どうせ行くなら俺が行けって……部隊の責任者でもあるし、コーリマの王族でもあるから失礼にはならないだろうってさ」
カイルさんは、俺の質問にどこか視線ふらふらさせながら答える。あーうん、まあ、王族連れてった方が良いもん見られるとかそういうのもあるんだろうけどさ。
と、肩の上からしゃー、しゃーと声が聞こえた。
『かいるおにーちゃん、ままといっしょおでかけ、うれしいみたいだよ?』
「はい?」
『ええ。かいるさまは、じょうさまとともにあれることをことのほかおよろこびのようです』
タケダくん、ソーダくん。とりあえず何を言ってるんだ、お前らは。
何でカイルさんが、俺と一緒に出かけるのが嬉しいんだ喜ぶんだ。
……こういう疑問は本人に聞いてみるのが、一番手っ取り早いんだけど。
「……あのーカイルさん」
「で、伝書蛇たちが何を言っているのか知らないが気にしなくていい」
こっちが最後まで言う前に、慌てたふうに答え返してきた。
えーとこれは……まーさーかーなー。
うん、いくらなんでも考えすぎだ。俺もタケダくんもソーダくんも。




