176.王都、街中
ぎい、と厚い扉が開く音がした。そっちに視線を向けると、赤い髪が分かりやすく見えた。
『すおうおじちゃんだー』
『すおうさまですね。ごぶじそうでなによりです』
「邪魔するぜ」
ほんと、シノーヨの人って伝書蛇に好かれるんだなあと思わず再確認してしまった。
当のスオウさんは、へらへらと笑いながら自分ちに帰ってきたようにずかずか入ってくる。まあいっか。
何しろ、お城の住人の1人である王姫様が苦笑しただけで済ませてるし。
「そのような台詞で我が城に入ってきたのはそなたが初めてだな、スオウ殿」
「ははは、こういう時でもなきゃこんな無礼はできんだろ」
彼女の台詞に笑って答えながら、スオウさんは石造りの壁をぺたぺたと触る。それから、感心したように腕を組んだ。
「北にあるからか、コーリマの城はしっかりしてんな」
「まあ、冬は寒いからな。初めてか?」
「ああ。よその城なんて、俺みたいな奴はめったに入る機会がないし」
王姫様とスオウさん、のほほんと会話してんなー。でもそっか、スオウさんってコーリマの王城に入るの初めてなんだ。いや、俺も2度めだけどさ。
しかし、俺の乏しい知識じゃお城ってこういうのが当たり前だと思ってたんだが、シノーヨは違うのかな。……違うんだろうな。どんなお城なんだろ、とちょっとだけ興味が湧いた。行く機会があったら、がっつり見物してやろう。
そんな呑気なコト考えてる俺をほっといて、カイルさんが尋ねた。
「城下の方はどうでしたか? スオウ殿」
「んー。確認できた死者は10人いるかいないかなんだが、特に王城近辺の住民はほとんどが色ボケしてる。お嬢ちゃんにひっぱたいてもらってどれだけ回復できるかは、ちょっと分からんが」
えー。王都の住民、ほとんど黒汚染かよ。って、この街、人どんだけいるんだ? 一応国の首都だろうが。
「カイルさん……王都、人口どれくらいなんですか?」
「……全体で3000くらいだったかな。済まん、ジョウ」
さらっと答えられた後でカイルさんに頭下げられても困るってば。あの、俺王都中回って3000人ビンタしないといけないわけ? いや、全員黒くなってるわけじゃないみたいだけどさ。
というか、1万人とかじゃなくてよかったよ、ほんと。でもどっちみち大変なのは事実なんで、釘刺しておくか。
「げー。マジで対策考えてくださいよ」
「わ、分かった。ラセンに話をしておく。さすがに君1人では手に負えない」
よろしくお願いしたいところである。
……あれ、住民だけで3000人? コーリマって、軍強いんだよな。でも、前に王都来た時も軍人さんってあんまり見てない気がするけど、どこにいるんだろ。
「……あの、軍人さんとかってどこにいるんですか?」
「ん? ……ああ、そうか」
尋ねたら、カイルさんは一瞬不思議そうな顔をして、それから教えてくれた。
「王家直属の近衛部隊や王都警備部隊以外は、少し離れたところに訓練施設を兼ねた砦があってね、そっちだよ。城の中にも訓練場はあるんだが、そんなに大きくないからね」
「なるほど」
そっか。ユウゼの傭兵部隊みたく小規模なわけないもんなー。別口で施設、ってか砦あるんだ。あと3000は直属部隊に警備部隊込みか。なるほど。
感心してたら、スオウさんが口挟んできた。
「おう、近衛と警備部隊はがっつりやられてたぞ。適当に縛って空いてた倉庫に放り込んである」
「手間をかけたな、スオウ殿。正気に戻ったら全員、基礎訓練からやり直しだ」
話を聞いた王姫様の笑顔が怖い。ミラノ殿下も込みで、尻叩くなり蹴るなり回し蹴りなりされるな、確実に。
「で、砦の方は大丈夫なんですかね? 少し離れてるって言っても、そう遠くないんでしょう?」
「馬で空飛べば半日もかからないな。ランドたちにひとっ走り行ってもらってるから、帰ってきたら確認してみるよ」
ランド、と言われて一瞬だれだっけ、と考え込みかけた。やべえやべえ、脳筋トリオの1人か。一緒に来てたんだな、気が付かなかった。
と、不意にスオウさんが、真面目な顔になった。俺やカイルさん、王姫様の顔を見渡してから口を開く。
「あと、赤子や幼子が栄養失調がひどかったんでな、何箇所かに集めて、ネネたちが飯作ったりミルクやったりしてくれてるよ。勝手に店のもんひっくり返してたが、良かったか?」
……げっ。
マジか。
「ああ、親が魔力搾りに明け暮れてたのか……緊急措置だ、事後だが許可するよ。その分は城の金庫から補填する」
「ありがてえ」
王姫様が即座に判断してくれたのに、スオウさんが頭を下げる。
つか、そういうところまで被害が出てたわけか。親が黒に染まってしまって魔力搾りに明け暮れるあまり、子供の世話をすっかりしなくなったってことだよね。
「まったく、えげつねえ話だ。まあ、街の方は黒に汚染されてさほど時間が経ってないようでな、子供に死人はいないようだ」
「ほう。では、先ほどの10人というのは」
「魔力ごと生気吸われて干からびた野郎ばっかだったな。子供が栄養失調や脱水症状なんかで死ぬより、そっちの方が早かったらしい」
ある意味酷い報告だなあ。つか男連中、よっぽどごっそり吸われたんだろうか。そうすると、生きてる人たちも状態あんまり良くない気もするけど。
つうか、シオンがそれやらかしたんだよな。……ほんと、あいつめ。
「子供の方はおむつも汚れっぱなしでな、俺も赤子の尻拭き手伝ったよ。母親ってな、本来はあれ毎日やってんだからすげえよな」
それはさておいて……やれやれと両手を上げるスオウさんに視線を戻す。ネネさん率いるシノーヨおかん部隊、名前の通りおかん力を発揮してるわけだな。
……俺も、できることで協力しないと。とりあえずは、黒の気を抜くことだから。
「……黒抜くの、街の女性がたから行きますね。少しでも正気に戻ってもらわないと」
「そうだな。子供はやはり、親の手に戻してやりたい」
「手間かけるな、頼むぜ」
カイルさんもスオウさんも頷いてくれたので、まず最優先が決定、と。
うん、さすがに赤ちゃんのいるお母さんとかとっとと正気に戻さないと、大変だし。こういう世界、子育ては基本お母さんの仕事なんだよなあ。イクメンなんてほとんどいない世界だし。
……カイルさんのお母さん、大変だったんだろうなとふと思った。元々男だったのにいきなり異世界に来て女になって、なんやかんやあって国王の子供産んじゃって育てるのって、なあ。




