172.会議室
「はあ、はあ……」
「大丈夫ですか? 正妃殿下」
さすがに、正妃殿下はしぼんだりはしなかった。基本男から搾り取る方針だったのかね、黒の連中って。
まあそれはともかくとして、肩で息してる正妃殿下をカイルさんが、恐る恐る覗き込んだ。
「……あ、ああ、カイル……大丈夫、よ」
「それは良かった。しばらく、ここで休んでいてください。今、人を呼んでいますから」
ふう、大丈夫みたいだな。俺もほっと胸をなでおろす……ところだったんだけど。
何か、正妃殿下見て寒気がした。何でだ。
つか、何でカイルさんの手にすがりつこうとかしてるんですかね。
「わたしは平気よ……それより、ねえカイル?」
「はい?」
「そちらのお嬢さんと一緒にね、あなたの魔力を搾り取りたいの。ねえ、良いでしょう?」
「っ」
うわ。俺もカイルさんも伝書蛇たちも、がっつり凍りついた。
黒の気抜けたのに、言ってること変わってねえよこの人。表情もそのままえろえろっぽいし、やばくね?
「失礼致します、殿下」
どうしよう、と固まってる俺の横からカイルさんが、正妃殿下の首筋に手を伸ばした。そしたらほどなく、正妃殿下がくたりとベッドに倒れ込んだ。気絶させたのか。
「……あの、これって」
「黒の気が抜けても、発情したままだ。おそらく、元には戻るまい」
吐き捨てるように呟いたカイルさんの顔を、俺は見ようとしてやめた。
ああ、そういうことか。黒の影響で発情してたわけだけど、黒の気が抜けたからといってエロモードから正気に戻る、とは限らないわけか。特に、国王陛下とか正妃殿下とかはえらく黒に汚染されまくってたみたいだし。
それじゃあ、このままずっと種付けとか、魔力搾りたいとか、そればっかり考えて生きてくことになるんだろうか。ぞっとする。
「……姉上がいなくてよかった、と言うべきか……」
「ああ……」
カイルさんのため息混じりの台詞に、はっとして思わず頷く。そうだ、この人は王姫様のお母さんなんだ。
そのお母さんが黒の気抜けても発情しっぱなしで、誰かれ構わずベッドの中に引きずり込もうとしてるなんて現場、見たくもねえだろ。うっかり王姫様がここに来てたら、一緒に魔力搾りとか言われてたわけ、だし。
「……えぐい……」
『くろのまじょって、こわいねえ。まま』
『おやのあるじさまも、このせいで……』
タケダくんが身体丸めて軽く怯えてる横で、ソーダくんががっくりとヘコんでる。そうだよなあ、フウキさん、結局シオンのせいで死んだわけだしなあ。そして、親のソーダくんも。
何であいつ、あんなになっちまったんだろう。いや、いきなり別の世界に飛ばされて女の身体になっちまって、奴いわく目が覚めたらズコバコ真っ最中とかって、そりゃ黒くなるの分からなくもねえけど。
それで、男から魔力吸い上げる黒の魔女とかになっちまうってのがよく分からん。
ムラクモが呼んできた部下の人たちに使用人さんたちの運び出しを任せ、正妃殿下はとりあえず寝室に放り込んでおいて俺たちはその場を後にした。何しろ、男と会わせても女と会わせてもヤバイ発言しかしそうにないしなあ。
「医師、もしくは神官を呼ぶしかないですね。少しでも、心を太陽神様の方に引き戻さねば」
先導するムラクモの言葉に、地味にこの世界ってこういう世界だよねえと再確認する。
こういう症状が出た場合は、神官さんにカウンセリングしてもらった後田舎で静養、というパターンらしいよ。それで治るかどうかは別だけど。
まあそれはもう、俺たちの手には負えないことだから置いておこう。ただ、この話を聞いて王姫様やミラノ殿下がヘコむだろうなあ、と心配になるだけだけど。
と、ムラクモがこっちにくるりと身体を向けた。
「少し、先に行っている。次は大臣ですよね」
「ああ、そうだけど……じゃあ、ゆっくり行くから」
「了解」
わきわきと両手の指動かしながら、ムラクモはあっという間に姿を消した。その後ろをのんびり歩いて行く事にすると、何か遠くから悲鳴のような、獣の吠える声のようなのが聞こえてくる。
「……多分、大臣たちは会議室とその控室あたりだな。無駄に広いんだ」
「集団でやってたんですか」
「こう言っては何だが、その方が管理するのに効率がいいからな……」
額に手を当てて軽く頭を振るカイルさんの気持ちが、何か分かるようなわからないような。いやだって、牧場とか畜舎とかで家畜飼ってる光景と、ノリがあんまり変わらないんだもんよ。
家畜、なのかな。黒にとって、人間って。
……じゃあえーと、今多分その家畜の中に飛び込んで無双かましてるムラクモって、なんだろうねえ。
で、辿り着いた先で。
「カイル様、ジョウ。良い仕事ができました!」
腰に両手を当てて大変清々しい笑顔をしてるムラクモの背後、両側に開かれた厚い扉の中……会議室ってやつだろうな。
テーブルや椅子が広い部屋の中にとっちらかっていて、そこかしこに下着いっちょのおっさんとか普通に服着てるおっさんとかたまにおねーさんとかおばさんが転がっている。もちろん、もれなくムラクモ得意の縛り方で拘束されて。
てか、確実に2桁人数いるんだけどさすがにそんだけロープ持ってないよな? どうしたんだろ、これ。
「どっから持ってきた、これだけ」
「そこのカーテンとタッセル、テーブルクロスにシーツも流用したぞ」
「ああ、言われてみれば」
説明されて、カイルさんが納得したみたいだ。確かに、良く見てみると白い布みたいので縛られてる人もいるなあ。
しかし、即興で材料調達して縛りまくるムラクモか……さっきの連想も合わせて、現場見なくてよかった、うん。
『ままー、まっくろまっくろでこわいー』
『だ、だだだだいじょうぶですよたけだくん! じょうさまなら!』
えーあー、伝書蛇2匹がビビりまくるレベルで黒いわけか。泣きそうな顔……はしてないけど何となくそんな感じのタケダくんと、人間なら全力で顔引きつらせてるだろうソーダくんをよしよしとなでてやってから、俺はカイルさんに向き直った。どうせなら、なあ。
「……全員ビンタで構いませんかね」
「好きにしてくれていい。俺は見なかったことにする」
「拳でも構わない、と私は思うぞ?」
微笑みながらしれっと言ってのけるイケメン王子と、拳握って主張する忍び。この国、そもそも根本から大丈夫だったのかねえ。ま、いいか。
「では、失礼しまーす」
……ビンタばかりだと途中で手のひら痛くなったんで、ぐーに変えたってのは内緒だぞ。




