167.下僕
謁見の間には、裏の控室に通じる扉がある。そこから城の奥に入って、さらに奥へと向かうと一番奥に裏口が存在した。はあ、お城って見えないところの造りもしっかりしてるんだなあ。当たり前だけど。
「先祖の墓参りに行くのに、表からだと面倒だからな。遠回りにもなるし」
先頭を走る王姫様がそんなことを言っている通り、この裏口はあの港のそばに出ることができる。そこから船に乗って、島に渡って墓参り、ってのが恒例なんだそうで。外に出るのが短いだけ、警備も楽らしい。
で、裏口。おそらく見張りだったんだろう、兵士さんが2人ほど壁際にへたっていた。どろーんとうぜえイキ顔してるから、まあこいつらもシオンの餌食というか何というか、になったんだな。ご愁傷様。そういや城の中、少々嗅ぎ慣れたっつーかなんつーか、そういう匂い漂ってるんだよ。うげえ。
それはともかく。扉は鍵がしまってたんだけど、ムラクモが素早く解錠してくれた。そこから外へ飛び出したところで、タケダくんとソーダくんが同時にしゃー、と激しく息を吐く。
「あら」
ああ、マジでいたよ、シオン。港の桟橋で、こっち振り返ってびっくりしてら。その足元には、船頭さんが大の字になって倒れてる。多分以下略。おそらくできたてホカホカ。
「あ、カイル様はそっち見ちゃダメです」
「わっ」
一緒について来てたカイルさんの頭を、ムラクモがひょいと90度回して横向けた。うん、視線合ったらさすがになあ。いくら今はタケダくんがいるとはいえ。
でも、シオンの意識はカイルさんの方にはなかったみたいだ。
「追いかけてきたの? さすがは白の伝書蛇ね」
『まりょくおっかけたら、ばればれだもん!』
「バレバレだってよ!」
いや、だからタケダくんの言葉、分からないから。省略して翻訳する俺も俺だけどさ。いや、というかタケダくんが感知したの、良く分かったな。そういうもんなんだろうか、白の伝書蛇って。
「黒の魔女! これ以上逃げても無駄だ、大人しく縛につけ!」
この中ではある意味一番いろいろされてるだろう王姫様が、抜きっぱな剣をシオンに向ける。ちょっと距離はあるから届かないと思うし、それにまた転移しそうだけどまあそれはそれとして。
「あなたがたこそ、もう無駄よ。……丈には、さっき言ったよな?」
「……やるべきことは終わってる、やっと解放できるってあれか」
「そういえば、言っていたか。何をだ」
シオンの視線がこっちを向いたところで、さっき聞いた台詞をざっと再現してみせる。カイルさんもはっとしたけど、他の皆もざわめく。そうなんだよなあ、気になってたんだよ。
何で黒の魔女がコーリマの王都を支配したのか、ってのはコーリマの力を使えるから、だったと思ってたんだけどさ。多分、皆も。
でも、何か、何か違うよな。これ。
「そう、やっと解放できるのよ。コーリマの王族をはじめとする民共の魔力を吸い上げて、この湖の主をね」
「湖の主だと? なぜそれが、貴様の手に!」
「決まってるじゃない。我らが力となるからよ」
アオイさんの叫ぶような問いに、シオンはせせら笑いながら答える。その背後で、何か湖に波が立ち始めてるのが見える。……やばくね?
『まま、ぬしさんだって』
『たけだくん、なんかへんですよ』
「……お前の考えてる主さんとは、ちょっと方向性違うみたいだぞ……」
はしゃぎかけたタケダくんを、ソーダくんと俺でたしなめる。……ソーダくん、遅く生まれたのにタケダくんより大人だよなあ。親のソーダくんの影響、なのかな。
そんなことを考えてる目の前で、湖の水がざわざわからざばんざばんと波打ち始めた。わ、ここから湖の主が出てくるのかこれもしかして。
「貴様らを贄にくれてやれないのは残念だけど、お姿だけは見せてあげるわね」
武器を構えつつすっかり腰が引けてる皆を前にして、シオンだけはとてもうれしそうに笑いながら右手を掲げた。その手のひらから黒い霧が吹き上がり……湖、島の向こうから水柱が伸び上がった。
『じょうさま! くろのけはいがびんびんしてます、これはつかいまです!』
「つ、使い魔?」
いやいやいやいやちょっと待て、これチョウシチロウよりでかくねえか?
水柱に霧がまじり、黒い水になってそのまま伸びたそれがやがて、伝書蛇の姿を形作った。ただ、背中の翼が鳥の羽みたいなんじゃなくて、ずたぼろのぶっ壊れた傘みたいな感じになっている。
「伝書蛇、だと」
「その起源。そして黒の神の忠実なる下僕、ゲンブ様。オウイン王家のせいで、こんな辺境に封じられていたの」
呆然と見上げたカイルさんの口から漏れた言葉に、シオンが補足というかしっかり説明してくれた。って、伝書蛇の起源が黒の神の下僕ってどういうこっちゃ。
「もっともあまりに昔過ぎて、王家にもろくな記録は残ってないでしょうね。そうよねえ、太陽神サマのお使いである伝書蛇が元々は黒の神の使い魔の子孫、だったなんてねえ」
「ふざけたことを抜かすんじゃないよ! それが真実なら、伝書蛇が黒の気に拒否反応を示すはずがない!」
「そう仕向けたのよ、あなた方の信じる偉大なる太陽神サマがね!」
ネネさんが叫ぶけど、シオンは全く気にしていない。というかそこら辺、伝説とかで残ってないんだな、この世界。
不意に、シオンがぽんと桟橋を蹴った。そのまま、ゲンブとか言う伝書蛇もどきの身体、というか水の中に溶けこむように消えていく。そしてゲンブも湖を離れ、あっという間にずっと北の方に飛び去っていった。
「じゃあな、住良木丈」
シオンのやつ、最後は武田四恩に戻ったような声と口調で、そう言って。




