165.砕け
「イカヅチ、もう放していいわよ。どうせ、その女には何もできない」
「は」
武田の命令に、イカヅチさんがするりと俺から離れた。ふう、と一息ついて起き上がるけど……やばいよな、この状況。
「自分だけ逃げるならできるでしょうけれど、カイルを放っていくわけはないわね?」
武田はとろんととろけたままのカイルさんの顎をなでて、首筋にキスをする。あーまじムカつく、イケメンが汚れるだろうがそこから離れろエロ武田。
でも、確かに武田の言う通りなんだよな。俺1人で逃げるならもう、王姫様ごめんなさいの勢いで壁なり扉なり破壊して逃げりゃすむことなんだけどさ。
今の状況だとカイルさん、それにミラノ殿下とゲキさんとイカヅチさん、まとめて4人も人質取られてるようなもんだからな。
「……武田」
「もう、その名前は使ってないわ。我が名はシオン」
俺はずっとこいつのことを苗字で呼んでたからそのまま呼んでるんだけど、それを武田は否定した。シオン、という元からの名前を、別の意味を含ませて呼ばわる。
「絶望の中で黒の神に見出されそのお力を受けた、黒の神の巫女たる魔女シオン。それが今の私よ」
ふん、と鼻で笑って武田は、シオンは、すっと振り返った。そのまま段の上まで戻って、王様の椅子だから玉座か、そこに座り直した。だから、何で立膝立てるんだよお前。
「さあ、カイル。あなたの欲望のままに、あのメスをぐっちゃぐちゃに汚してやりなさい。昔も魔術も全部忘れて、男をくわえ込むだけしかできないメス穴にしてしまえ」
「お任せください、魔女様」
女の声ではあるんだけど、ドス聞かせるとやっぱり武田四恩の声だと思う。だけどその声で紡がれた言葉は、もうどうしようもなくゲスな台詞だった。それに嬉しそうに頷くカイルさんは、何かやだよおい。
「その後は、ミラノもゲキも加わりなさい。もちろん、イカヅチもね……存分に楽しんだ後は、下働き共に下げ渡してヤリ殺せ。もう、友人ヅラしたこいつの顔なぞ二度と見たくない」
「たけ……わあっ!」
な、何言ってやがんだと反論しようとして、俺はまた床に押し付けられた。今度は仰向けで、ああまあ要するにカイルさんに押し倒されたわけなんだけど。
シオンのやつ、黒の信者になっちまってから何があったんだか知らないが、あんなゲスい台詞ぶっこくようなやつじゃなかったのに。黒が真っ黒になったら、みんなあんなになっちまうのかよ。
っていうか男だろーが女だろーが、こう他人がガン見してる状況でずこずこあんあんとかできるかー! 全力で待ちやがれ黒の信者! もう少しこう、いろんなのがあるだろうが!
「は、は、はあっ」
「ちょー! 何すんだカイルさん、キショい!」
「んちゅ……ふうっ」
なんかごちゃごちゃ考えてる間に、カイルさんがエロモードに入ってた。まあ、そうなりますよねーって待て待て待て。つっても、俺の体力じゃまず抵抗は無駄なんだよなあ。
カイルさんは完全にあっち行っちゃってるようで、ぐいと襟元広げると遠慮なく首筋にむしゃぶりついてきた。舐めるなマジでキショいだけだっつーの。とりあえずイケメン顔に傷がついてもイケメンのままだろうから、片手で押し返そうとしてみる……あー、やっぱ力強え。
なお両手は無理である。カイルさんの体重のせいで、ほとんど動かねえ……とか言ってる間に。
「だからやめろっつーてんだろ! 足入れてくんなあ!」
「んふ、ふっ」
むーりー。カイルさん、もう人の声聞いてねえわこれ。
……どうすりゃ、いいんだ。このままだと俺えーと、あの神殿の続きってことになっちまうのか。
「くそっ……」
『まあ、しっかり持っといたほうがいいですよ。最悪何かあったら、砕いて力を放出させるって手もあるそうですから』
ふと、タクトの言葉を思い出した。
お守り。あれから、ポケットに放り込んだままだ。あれ砕けば、もしかしたら何とかなるかもしれない。
けど、あれ石だぞ。どうやって砕くんだ、俺。
……ってか、これしかねえか。身動き取れねえし、俺はそもそも魔術師だし。
伝書蛇がいなくても、魔術は使えるからな。
「風の刃!」
服の中にあるお守りの石めがけて、風で切り裂く。勢い余ってカイルさんの服も、ついでに自分の服もちょい破れたけどまあ、気にしてる場合じゃねえ。
で、多分石は砕けたんだろう。ポケットの中からぱーん、という感じでやたら眩しい光が放たれた。
「があっ!」
「ぎゃっ!」
「ひい!」
「くっ……」
すぐ目の前にいたカイルさんが一番反応がきつくて、はね飛ぶように俺から離れた。まるで人形みたいに俺らのこと見てたゲキさんたちが、目を覆いながらその場に崩れ落ちる。
シオンのところまでは威力は届かなかったのか、慌てて立ち上がりながら叫んできた。
「丈、てめえ!」
「風の舞!」
そのシオンの足元を狙い、魔術を打ち込む。ふわりと身体が軽く浮かんだところに、追い打ちをかけてやれ。
「光の盾、パーンチ!」
「ごっ!」
光の盾を、勢いよく飛ばしてシオンに叩きつける。そのまま壁にぶつかったかもしれないけど、俺知らね。緊急回避措置だ、許せ。
それより何より、カイルさんが心配だ。とりあえず立ち上がれるようなので、慌てて床を這うように近寄って、頬を叩いた。
「カイルさん、カイルさん」
「……ジョ、ウ」
「あー……良かった目が覚めた……」
ええい、薄目開けてぼんやりしてるのもイケメン顔だなこんちくしょう。それよりもこれ、正気に戻ってるのかね。タケダくんがいないから、よく分からん。
「……っ!」
あ、跳ね起きた。それから深々と頭を下げる。
「すまなかった! 黒に惑わされていたとは言え、君にあんなことを!」
……分かりやすく正気に戻ったな。良かったあ。
あんまりよく、ないけどな。
「おのれ……貴様らあ!」
しっかり復活してきたシオンが、ものすごく殺る気で叫んでいるから。




