159.目的
俺たちは、必死に応戦した。そして結局こちらの被害はほとんどなし、で戦いは終了。向こうは……それはもう、悲惨なもんだったらしい。そして。
『まま。くろい』
「しゃあ」
「またかよ……」
今回スオウさんが斧振り回してずんばらりんしちまったあちらの司令官さんも、やっぱりそういうことだったらしい。ソーダくんも大きく頷いてるから、間違いない。カイルさんにそう伝える。
「こいつも黒に染められてたようです。どこも司令官はやられてる、と思っていいのかな」
「そうか……」
「ミギワのところまで来たのだからと、そのついでとばかりに拡散していったようだな」
俺の推測はともかくとしてこういう結果になったことでぎりと歯を噛みしめるカイルさんの横で、王姫様が小さくため息をついた。
「ついでというか、この辺りのコーリマの指揮官を黒く染めるのが出てきた目的だったんじゃないか? コーリマの場合、セージュ殿下以外に女性の指揮官なんてほとんどいないはずだし」
「手駒を増やすのが目的だったようだな、黒の魔女め」
ハクヨウさんが首をひねり、その隣にいるスオウさんが苦々しい顔になる。黒の魔女って言えば、コクヨウさんも被害者なんだけど案外平気な顔してんだよねえ。ハクヨウさんのほうが、かえって気にしてるみたいだ。
そのハクヨウさんが、ふと顔を上げた。何か、気になることでもあったのかね。
「若。敵の数、少ないと思いませんか」
「お前もそう思うか、ハクヨウ」
「はい」
数が少ないって。
……あー、でも何か分かる、気がした。俺の魔術でも何とかなるレベルの数、だったわけだし。というか、マジでやるなら国境線ずらーっと潰せるくらいにはいるはずだよね。コーリマ、結構大きな国だし。
ちなみにラセンさんはさっきの戦い、ほとんど防御魔術に徹してたらしくてさ。だから、こっちの被害が少なかったわけなんだけど。
「だあな。あのコーリマ、にしちゃあ手応えがなさすぎた。なあ、王姫殿下?」
「ああ。敵の手に落ちたとはいえ、我がコーリマ軍があの体たらくとは情けなさすぎる」
スオウさんも王姫様も、要するに敵弱すぎじゃねって言ってる……んだよな。つか王姫様なんて、元々自分が先頭に立ってばっさばっさと敵を斬ったりしてたんだ。
けど……だよなあ。国王陛下と王姫様が凄すぎるけど、その配下である軍隊もめちゃくちゃ強いはず、なんだよね。少なくとも王姫様は、何だあれ私が訓練したのに弱っちすぎるわ、って顔してるし。
「カイルさんは、どう思いますか?」
「……王都まで誘い込む気だろう」
俺は考えても分からなかったので、カイルさんに聞いてみる。その答えに、ハクヨウさんが眉をひそめた。
「何のためにですか」
「黒の思惑なぞ、俺が知るわけがない」
「はあ」
まあ、そうだよなあ。というか、何か分かりたくもないっていうかな。ハクヨウさんもそうなのか、あんまり深く尋ね返すことはしなかった。
その答え……というか推測を口にしたのは、王姫様だった。
「私とカイル……いや、ラセンとジョウだな」
「俺、ですか」
一斉に、その場にいる連中の視線がこっち向くのが分かる。肩の上にいるタケダくんとソーダくんも、やっぱりこっちガン見。何でだよ。
王姫様やカイルさんならコーリマ王族だし、ラセンさんはカサイの当主だしってことで分かるけど。ああ、俺もラセンさんの弟子だから、一応狙われる理由はあるのかな。あと、何でか呼ばれてる『白の魔女』。
「そなた、相変わらず自覚がどっか行ってるようだが、魔術師としての能力はかなり高いからな。敵に回すと厄介だが、味方につければこれほど力強い者はなかろう」
「……はい、すいません」
ああうん、何かびみょーに自覚ないのは分かってる。いやだって、身近にいる魔術師がラセンさんとアキラさんの時点でさ、自分の能力高いとか分かるわけねえっての。比較対象がおかしいだろ、比較対象が。
『まま、すごいんだから。じかく、もとうよー』
「しゃあ、しゃしゃしゃ、しゃあ」
「……蛇たちも、セージュ殿下に賛成みたいだぜ?」
そりゃまあ、慣れると態度で分かるよね、伝書蛇の言ってること。特にスオウさんみたいなシノーヨの人って、すぐ仲良くなるし。
なんてこと考えてたら、カイルさんに何か苦笑された。
「セージュ殿下のおっしゃるとおりだな。ジョウ、君はカサイの直弟子として遜色ない実力の持ち主なんだ。狙われてもおかしくはないな」
「だから若、いつも相乗りしてるんですか?」
「……そ、そのとおりだ」
あれ。カイルさん、何でハクヨウさんに突っ込まれて視線そらすかね。なんぞ、別の思惑でもあるのかな。
俺の中身が男だってのはカイルさんは知ってるから、特に変な考えとかはねえだろうし。
「カイル様、死体処理と生き残りの尋問終わりました」
「わ、分かった、すぐに行く。ハクヨウ、ジョウを少し頼む」
「了解です」
ムラクモに呼ばれてそそくさとこの場を離れるカイルさんの背中、妙に焦って見えるのは気のせいかねえ。




