156.眠り
結論としては、1週間をめどに出撃の準備をすることになった。伝令さんが王都まで往復するのにそれくらい、ってことらしい。一応、いきなり侵略とか言われたくないもんな。先に手を出してきたのは向こうだけど、独立した小さな街と大国じゃあ国際的な立場ってもんが違うらしい。あーめんどくせ。
……ところで、伝令さんってちゃんと帰ってくるんだろうか。怖い考えになってしまったので、やめとこう。
「それでは、準備の方よろしくお願いします」
「ははは、任せておきなされ。皆も、しっかり準備をして頑張ってくるんじゃよ」
「はい」
まあそんな感じで会議というか話し合いが終わり、俺たちは領主邸を後にする。娘さんはあんまり表に出てこないということで、顔を見ることはできなかった。まあ、余裕で平和になったら普通に遊びたいなあ、とは思うんだけど。
……ロリコンじゃねえからな、俺。
「しゃあ!」
「わっ!」
いきなり、目の前に何か飛び込んできてびっくりした。慌てて手で掴んでから目を瞬かせつつよく見ると、薄緑の伝書蛇。って、カンダくんじゃねえか。
「え、カンダくん?」
「どうしたんだ?」
カイルさんが目を丸くしながら覗き込んでくる。スオウさんと王姫様はぽかんとした顔で、……あーもうしょうがねえな。タケダくんの通訳経由で俺が聞くしかねえや。
「で。カンダくん、何かあったのか?」
「しゃーしゃー」
『まま、そーだくんがちっこくなったって』
「はい?」
タケダくんの台詞に何だそりゃ……と思ったのは俺だけじゃなかったらしくて、カンダくんがぶんぶんと大きく首振ってる。横に。
「しゃ、しゃしゃしゃしゃあ」
「何言ってたのか知らねえが、違うって言ってるぽくねえか?」
「そのようだな」
スオウさんも王姫様も、さすがにこれは分かるらしいって当たり前か。さすがに俺も、タケダくんに尋ね返す。
「こら、ちゃんと伝えろ。お前しか、カンダくんの言葉は分からないんだぞ?」
『えー。だってだって、おっきいそーだくんがうごかなくなって、ちっこいそーだくんがいるっていったもん』
「しゃあ」
あ、今度は頷いた。つまり、それで合ってるのか。
大きいソーダくんが動かなくなって、小さいソーダくんがいる。
……。
「……あー、分かった」
そっか、あまり長くないって言ってたもんなあ。小さくため息ついてから、皆に伝えることにする。
「多分、ソーダくんが死んだんだと思います。それで、その子供が生まれたって」
「ああ、殻が割れたから腹ん中で育てるって言ってたな。そうか」
話を一緒に聞いていたスオウさんが、ちょっとだけ深刻な表情になって頷く。王姫様が、ぽつんと「……フウキ」と呟いた。カイルさんは無言のまま、しばらくの間目を閉じている。
「……それで、何で皆ついてくるんですか?」
「いや、ちっこい伝書蛇見てみたいしよ」
「親のソーダくんの弔いも、せねばならんだろう」
「それに、君を1人で向かわせるのも何だしな」
俺の疑問に、全員しれっと答えてくれる。小さくため息をつきつつ、『子猫の道具箱』の扉を開けた。
「お邪魔しまーす」
「ああ、やっと来たのね。カンダくん、お使いご苦労さま」
「しゃあ」
あ、ラセンさんが来てたのか。それで、カンダくんが俺のこと呼びに来たんだ。なるほど。
店内をくるっと見回してみたけれど、アキラさんの姿はない。多分奥だな、と思いながらラセンさんに聞いてみる。
「アキラさんは?」
「奥よ」
やっぱり。そのまま踵を返したラセンさんについて、全員で奥に入る。
この前、ソーダくんがいた寝床の前に、アキラさんはいた。俺たちが入って行くとこっちを向いて、それから驚いたように目を見開いた。まあ、人数多いしな。
「おや、大勢で」
「領主様のところに行った帰りでな、そのまま来たんだ」
「なるほどのう」
カイルさんの答えに納得したみたいで、アキラさんが身体ごとこっち向いた。その胸元に小さな寝床があって、その中で青緑色の伝書蛇が、眠っている。
「……ソーダくん」
「今朝方、子を産み落としてすぐにの。よう頑張ったものじゃよ」
蛇の寝顔っつっても変なもんだけど、表情なんてほとんど変わらないはずなのにソーダくんは、何かほっとした感じだった。そりゃな、自分の卵孵すまで頑張ったんだもんな。
フウキさんに会わせてやれなかったのが、残念だと思う。




