155.会議
「確かに、コーリマへの出兵は避けられないかのう」
「そうですね」
カイルさんや王姫様、スオウさんに連れられて行った領主さんのお屋敷。そこで俺たちを出迎えてくれた領主さんは、一通り話を聞いた後でそう言った。頷いたカイルさん同様、ものすごく難しい顔をしている。
「少なくとも、南方軍の司令官までが黒に汚染されていたのですからね。中枢部の汚染レベルはかなり高くなっている、と推測せざるを得ません」
「うむ。そういうことであれば、わしも止めはせんよ。ユウゼの街自体まで狙われて、黙っているわけにもいかんしのう」
そうなんだよな。黒の魔女のせいとはいえ、コーリマ王国が軍を出してきてこっちと戦闘になったのは事実だし。その黒の魔女をどうにかするには、少なくともコーリマの王都まで行って王家の皆を何とかしないといけないし。
結局、俺たちがコーリマまで出撃しないといけないってことか。一緒に来てるスオウさんの国、シノーヨまで巻き込んでさ。
でもそのスオウさんは、あっさりと笑ってみせた。
「シノーヨ本国には、伝令を出しときます。元々大公からの許しは出てますんで、大丈夫でしょう」
「じゃあ、コーリマにはわしから伝達しておくよ。ユウゼの領主は、わしじゃからな」
しれっと領主さんも返したけど、ちょっと待ておい。
伝達ってあれか、今からうちの軍がそっち行きますんでよろしくとかか。要するに宣戦布告、ってやつだよね。ちゃんとやらんと……いけないのかな、やっぱり。
「ジョウ殿が気にすることじゃないな。黒に支配されているとはいえ、他所様に喧嘩を売るんじゃ。長として、責任は取らねばならんからの」
何かおろおろしてる俺を見て、領主さんが苦笑した。あー、こういうの慣れてないの分かってるんだよなあ、彼。俺が『異邦人』だってことは知ってるわけだし。
「その代わり、コーリマの皆をきちんと救ってくることじゃ。そうすりゃ、わしもちょいと頑張った甲斐があるというもんじゃからのう」
「……はい」
「そうですね」
「ユウゼは良い領主に治められておるな。私も、ここを頼って良かったよ」
領主さんの言葉に小さく頷くと、カイルさんも王姫様も笑ってくれた。スオウさんは、ずっと平気そうな顔してるからよく分からん。年食ったおっさんだからか、感情隠すのうまいみたいだな。
「そこら辺は、シノーヨも力を尽くすんで。領主殿は、街を頼んます」
「うむ。そちらの大公殿には、海産物や運送で何かとお世話になっとるからね。食料や着衣などの手配と、馬車も使いなされ」
スオウさんがにやりと実にやり手のおっさんらしい笑みを浮かべると、領主さんも満足そうに頷く。……そういや、体格とか頭とか違うけど、そんなに年齢離れてなさそうなんだよなあこの2人。つまり、おっさん同士の悪だくみ、にも見えるんだよ。いや、いいんだけど。
良いんだけどつい、聞いてみる。
「いいんですか?」
「言ったじゃろ? わしは、これから黒に喧嘩を売るユウゼの領主じゃ。責任は取らんとな」
だから、食料とか馬車とか提供するって言ってくれるのか。あー、でも少なくとも飯は重要だもんなあ。まさか、行った先で金払って食うとか言うわけにもいかないし。売ってくれなさそうだもんよ。
そんなことつらつら考えてると、不意に領主さんに尋ねられた。
「そういえば、ジョウ殿は大きな戦はこれが初めてだったじゃろ。どうじゃった?」
「え?」
『まま?』
うわ、タケダくんどうした……と思って顔上げたら、皆が俺ガン見してた。ああ、そうか。他の皆は戦なんて、俺よりずっと経験あるんだもんなあ。
どうだった、か。
「どう、ですか……難しい、ですかね」
「難しい、とな」
「はい。敵を殺すのはもう、しょうがないというか何ですけど……相手の出方とか、こちらの様子とか、しっかり見ないといけないし」
何か、戦闘の感想というより魔術師としてのお仕事の感想になっちまったかな。でも、敵との距離は遠かったし、やることっつーたらラセンさんの指示に合わせて魔術使うくらいだったし。
微妙に現実味なかった、からなあ。いかん、どっか麻痺してるかもしれないな、と膝の上でうねうねしてるタケダくんを撫でながら思った。
それで、俺の感想を聞いた皆の反応はというと。
「まさか、そっちの感想が出てくるとは思わなかったな」
「まあ、魔術師は本来、後ろから歩兵や騎兵のサポートをするのがお仕事じゃからの」
俺と同じこと思ったらしく呆れ顔してる王姫様と、苦笑しっぱなしの領主さん。
「ラセンが、的確に指示を出してくれていたようですからね。だけど、最初からあまり慣れなくてもいいんだぞ?」
「だなあ。けどまあ、パニック起こされるよりゃマシじゃねえかね」
何だかんだで指揮官っぽいというか保護者っぽいこと言ってくるカイルさんと、スオウさん。
で、膝の上からは。
『まま、つぎはぼく、もっとがんばるからね!』
「そっか。ありがとな、タケダくん」
一番やる気あるのはお前だな、タケダくん。けど、お前にばっかりやらせてるわけにもいかないしなあ。
小さな白い頭を撫でていると、領主さんがこほんと小さく咳払いをして言葉を続けた。
「まあジョウ殿の場合、師匠がカサイのご当主なんで少々特殊なんじゃがね。彼女の場合、自分で大魔術ぶっ放したほうが早いことすらあるわな」
「勘弁して下さいよ、領主殿。そんなことされたらうちの連中は愚か、あの辺えぐれてしまって通れなくなりまっさ」
「ほっほ、そういうことじゃね」
スオウさんのツッコミも含めて、全力でちょっと待て。ラセンさん、あれで本気じゃないとかか。つかあの辺って、戦ってたあの辺りか。
「……地面えぐれるんですか」
「先代が、確かどこぞの無人島1つふっ飛ばしたかの。黒のアジトになっとったとかで」
「…………島吹っ飛ばせるんですか」
『ままも、きっとできるよ?』
「………………勘弁してください」
「いやいや、カサイ当主の弟子なお前さんならきっと、島くらい吹っ飛ばせるようになるって。なあ隊長殿」
「可能性はあると思うが……どうした? ジョウ」
「スオウさん、なんでタケダくんと同じこと言ってるんですかー」
「案ずるなジョウ。私も同じことを考えていたからな!」
周りの皆の台詞に、頭抱えた俺は悪くないよな? てか、カサイの当主ってどんだけすごいんだよ。とんでもねえよ、何で俺そんなひとの弟子になってんのー。




